た。しかし彼は狼狽《ろうばい》のあまり父を待たないで、膝《ひざ》をかけて椅子によじ上った。そのために聴衆の歓《よろこ》びはさらに増した。しかしもうクリストフは大丈夫だった。楽器の前に向えば、もはやだれも恐るべきものはなかった。
 メルキオルがついに出て来た。彼は聴衆の上|機嫌《きげん》に得をして、かなり熱烈な喝采《かっさい》で迎えられた。奏鳴曲《ソナタ》が始まった。少年は一心になって口をきっと結び、鍵《キイ》の上に眼を据え、小さな足を椅子《いす》から垂れて、一糸乱れない確実さをもって演奏した。楽曲が展開してゆくにつれて、彼はますます落着いてきた。あたかもよく知ってる友人らの間にいるような気がした。賞賛のささやきが一つ彼のところまで聞えてきた。すべての人々が黙って聞きとれ感心してると考えながら、高慢な満足の念がむらむらと頭に上ってきた。しかし演奏を終えるや否や、また不安の念にとらえられた。喝采をもって迎えられると、嬉《うれ》しいよりもむしろ恥しかった。メルキオルから手を取られて、脚燈《フートライト》の縁までいっしょに進んでゆき、聴衆に挨拶《あいさつ》をさせられた時に、その恥ずかしさはさら
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