首に巻きつけて、その両端を力任せに引っ張っていた。みずから首を絞めようとしていたのである。
彼を家にもどすよりほか仕方がなかった。
クリストフは容易に病に侵されなかった。父や祖父から頑健《がんけん》な体格を受け継いでいた。一家の者は弱虫でなかった。病気であろうとあるまいと、決して愚痴を言わなかった。どんなことがあっても、クラフト父子二人の習慣は少しも変わらなかった。いかなる天気であろうと、夏冬のかまいなしに、外へ出かけ、時とすると、不注意のせいかあるいは豪放を気取ってか分らないが、帽子もかぶらず胸をはだけて、いく時間も雨や日の光にさらされ、あるいはまたいくら歩いても決して疲れる様子がなかった。そういう時あわれなルイザは、何も訴えなかったが、顔の色を失い、脚《あし》はふくらみ、胸は張り裂けるほど動悸《どうき》がして、もう歩けなくなった。彼らはその様子を、憐れむような軽蔑《けいべつ》の眼付で眺めた。クリストフも母親にたいする彼らの軽侮の念に多少感染していた。彼は病気になるということを理解できなかった。彼は倒れても、物にぶっつかっても、怪我《けが》をしても、火傷《やけど》をしても、泣いたことがなかった。ただ自分を害する事物にたいして奮激した。父の乱暴な行ない、いつも彼が殴り合いをする街頭の悪童仲間の乱暴な行ない、それが彼に強く沁《し》み込んでいた。彼は殴られることを恐れなかった。鼻血を出し額に瘤《こぶ》をこしらえてもどって来ることもしばしばだった。ある日などは、いつもの激しい喧嘩《けんか》の中から、ほとんど気絶しかかってる彼を引き出してやらなければならなかった。彼は相手に組み敷かれて、舗石の上にひどく頭を打ちつけられていた。それくらいのことはあたりまえのことだと彼は思っていた、自分がされるとおりにまた他人にも仕返しをしてやるつもりだったから。
けれども彼は、数多《あまた》の事物を恐《こわ》がっていた。そしてだれにも気づかれなかったが――なぜならきわめて傲慢《ごうまん》だったから――しかし彼は少年時代のある期間中、それらのたえざる恐怖から最も苦しめられた。とくに二、三年の間は、それが一つの病気のように彼の内部をさいなんだ。
彼は影のうちに潜んでる神秘を恐れた、生命に狙《ねら》い寄ってるように思われる邪悪な力を、怪物らのうごめきを。それらの怪物を幼い頭脳は、恐怖に震
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