とおりの者となるであろう、その選手と、その復讐《ふくしゅう》者と、なっておりあるいはなるであろう。そして、おのれのためにするかかる傲慢《ごうまん》な隠退のうちには、愛と利己心とが驚くばかりの力とやさしみとをもって相混和している。でクリストフも、父にたいするあらゆる不満をうち忘れて、父を賛美する理由を見出そうと努めていた。そして父の身体つき、その頑丈《がんじょう》な腕、その声、その笑い、その快活、などを彼は賛美した。父の妙技が賛《ほ》められるのを聞く時、あるいはメルキオル自身で人から受けた賛辞を誇張して述べたてる時、彼は得意の情に顔を輝かした。彼は父のおおげさな自慢話をほんとうだと信じた。そして天才として、祖父から聞いた英雄の一人として、父を眺めていた。
ところがある晩、七時ごろ、彼は一人で家に残っていた。弟たちはジャン・ミシェルと散歩に出ていた。ルイザは河でシャツを洗っていた。扉が開いてメルキオルが突然はいってきた。帽子もかぶらず、胸ははだけていた。一種の跳踊《はねおどり》をやってはいって来て、テーブルの前の椅子《いす》にどっかと腰を落とした。クリストフはまた例の茶番だと思って笑い出した。そしてそばに寄っていった。しかし近寄って眺めてみると、もう笑う気も起こらなかった。メルキオルは腰掛けたまま、両腕をだらりと垂れ、眼を瞬《またた》きながら茫然《ぼうぜん》と前方を見つめていた。顔は真赤であった。口は開いていた。時々馬鹿げた喉声《のどごえ》が口から洩《も》れていた。クリストフはびっくりした。初めは父がふざけてるのだと思った。しかしじっと身動きもしないでいるのを見ると、急に恐しくなった。
「お父さん、お父さん!」と彼は叫んだ。
メルキオルはなお牝鶏《めんどり》のように喉を鳴らしていた。クリストフは自棄《やけ》に彼の腕をとらえ、力の限り揺った。
「お父さん、ねえお父さん、返辞をして! どうぞ。」
メルキオルの身体は、柔い物体のようにゆらゆらして、危く倒れかかった。頭はクリストフの頭の方へ傾いた。そして支離滅裂な腹だちまぎれの声をやたらにたてながら、クリストフを見つめた。その昏迷《こんめい》した眼に自分の眼を見合せると、クリストフは物狂おしい恐怖にとらえられた。彼は室の奥に逃げ出し、寝台の前に膝《ひざ》を折って、夜具の中に顔を埋めた。二人は長い間そのままでいた。メルキオ
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