しかし彼は足をふみ鳴らし、わめきたて、母の手に噛《か》みついた。そしてしまいには、笑ってる召使らの間に逃げ込んでしまった。
彼は胸がいっぱいになり、憤りと打たれた跡とで顔をほてらして、立ち去っていった。何にも考えまいと努めた。往来で泣くのがいやなので足を早めた。涙を流して心を和げるために、どんなにか家に早く帰りたかった。喉《のど》がつまり頭が逆上《のぼ》せていた。彼はわっと泣き出した。
ついに家へ着いた。黒い古階段を駆け上って、河に臨んだ窓口のいつもの隠れ場所までやっていった。そこで息を切らして身を投げ出した。涙がどっと出て来た。なぜ泣くのか自分でもよくは分らなかった。けれど泣かずにはおられなかった。そして初めの涙がほとんど流れつくしても、なお泣いた。自分とともに他人をも罰せんとするかのように、自分自身を苦しめるために、憤りの念に駆られてやたらに泣きたかったのである。それから彼は考えた、父がやがて帰って来るだろう、母は何もかも言いつけるだろう、災はまだなかなか済みはしないと。どこへでもかまわないから逃げ出してしまって、もう二度と帰っては来まい、と彼は決心した。
階段を降りかけてるとちょうど、もどってくる父に彼はぶっつかった。
「何をしてるんだ、悪戯《いたずら》児め。どこへ行くんだ?」とメルキオルは尋ねた。
彼は答えなかった。
「何か馬鹿なことをしたんだな。何をしたんだ?」
クリストフは強情に黙っていた。
「何をしたんだ?」とメルキオルはくり返した。「返辞をしないか?」
子供は泣き出した。メルキオルは怒鳴り出した。そしてたがいにますますひどくやってると、ついにルイザが階段を上ってくる急ぎ足の音が聞えた。彼女はまだすっかりあわてきったままもどって来た。そしてまず激しく叱《しか》りつけながら、ふたたび彼を打ち始めた。メルキオルも事情が分るや否や――否おそらく分らないうちから――牛でも殴るような調子でいっしょになって平手打を加えた。二人とも怒鳴りたてていた。子供はわめきたてていた。しまいには彼ら二人で、同じ憤りからたがいに喧嘩《けんか》を始めた。子供を殴りつけながらメルキオルは、子供の方が道理《もっとも》だと言い、金をもってるから何をしてもかまわないと思ってる奴らの家に働きに出かけるからこそ、こんなことになるんだと言った。またルイザは子供を打ちながら、あなたこそ
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