に言った、それらのものは彼が生まれて来ない前に死んだ小さな兄のものであると。彼はびっくりした。かつてそんなことを聞いたことがなかったのである。彼はちょっと黙っていたが、それからもっと詳しく知りたがった。母の心は他に向いてるらしかった。けれども、その兄もやはりクリストフという名だったが彼よりもっとおとなしかった、とだけ言ってきかした。彼はなお種々のことを尋ねた。母は答えるのを好まなかった。兄は天にいて皆のために祈っていてくれるとだけ言った。クリストフはそれ以上聞き出すことができなかった。余計なことを言うと仕事の邪魔になる、と母は言った。実際彼女は縫物に専心してるらしかった。何か気がかりな様子をして、眼をあげなかった。しかししばらくすると、彼が片隅《かたすみ》に引込んでむっつりしてるのを眺め、笑顔を作りだして、外に遊びにおいでとやさしく言った。
 その会話の断片は、深くクリストフの心を動かした。してみると、一人の子供がいたのである、自分の母親の小さな男の子が、自分と同じようで、同じ名前で、ほとんど同じ顔付をして、しかも死んでしまった子が!――死、彼はそれがどんなことだかはっきり知らなかった。しかし何か恐ろしいことらしかった。――そしてだれも、そのも一人のクリストフのことをかつて話さなかった。もうすっかり忘られてしまっていた。もしこんどは自分が死んだら、やはり同じようになるのではあるまいか?――そういう考えは、晩になって、皆といっしょに食卓につき、皆がつまらないことを談笑してるのを見た時、なお彼に働きかけてきた。彼が死んでしまった後も皆は快活にしてるかもしれない! おう、自分の小さな子供が死んだ後でも母親は身勝手に笑いうるものであろうとは、彼はかつて思ってもみなかった。彼は家じゅうの者が厭《いや》になった。死なない先から、自分自身を、自分の死を、嘆き悲しみたくなった。それとともに、種々なことを尋ねたかった。しかしそれもできかねた。母親がどんな調子で黙ってくれと言ったかを、彼は思い起こした。――ついに彼はたえられなくなった。そして床についた時、接吻しに来たルイザに尋ねた。
「お母さん、やはり私の寝床に寝ていたの?」
 彼女は身を震わした。そして平気を装った声で尋ねた。
「だれが?」
「あの子供、死んでしまったあの……。」とクリストフは声を低めて言った。
 母の両手はにわかに
前へ 次へ
全111ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング