な強さをもっていた。子供の頭脳に特有な創造力は、取扱い方の貧弱なのを補ってくれた。その粗雑な絵と現実との間の差異が、彼には少しも分らなかった。夜になると、昼間見た生きてる物の姿よりもいっそう強く、それらのものが彼の夢想に働きかけてきた。
 彼は眠りを恐れた。いく年もの間、彼の安息は悪夢に害された。――穴倉の中を歩き回っていた。すると渋面した剥皮体《はくひたい》が風窓からはいってくるのが見えた。――一人で室の中にいた。すると廊下に軽い足音が聞えた。彼は扉に飛びかかってそれを閉めようとした。ちょうどハンドルをつかむだけの隙《すき》があった。しかしそれはもう外から引張られていた。彼は鍵《かぎ》をかけることができなかった。力が弱ってきた。助けを呼んだ。扉の向うからはいって来ようとしてるもの[#「もの」に傍点]がなんだか、彼はよく知っていた。――家の人たちの中に交っていた。すると突然、皆の顔色が変わった。彼らは変なことを始めた。――静かに書物を読んでいた。すると眼に見えない者が自分のまわり[#「まわり」に傍点]にいるのを感じた。彼は逃げようとしたが、縛られてるのが分った。声をたてようとしたが、猿轡《さるぐつわ》をはめられていた。気味悪いものが抱きついてきて喉《のど》がしめつけられた。息がつまりそうになって歯をがたがたさせながら、眼を覚した。目覚めた後もなお長い間震えつづけた。どうしても悩ましい気分を追い払うことができなかった。
 彼が眠る室は、窓も扉もない小部屋であった。入口の上の棒に掛ってる古い垂幕だけが、両親の室との仕切になっていた。立ちこめた空気が息苦しかった。同じ寝室に寝てる弟たちから足で蹴《け》られた。彼は頭が燃えるようになり、半ば幻覚のうちにとらえられて、昼間の種々なつまらない心配事が、はてしもなく大きくなって浮かび上がってきた。悪夢に近いそういう極度の神経緊張の状態の中では、些細《ささい》な刺激も苦悩となった。床板の鳴る音も、彼に恐怖を与えた。父の寝息も、奇怪に高まって聞こえた。もう人間の息とは思えなかった。その馬鹿に大きな音が彼を脅《おびや》かした。そこには獣が寝てるような気がした。彼は夜に圧倒されていた。夜はいつまでも終りそうになかった。いつまでもそのままつづきそうだった。もう数か月も寝たままのような気がした。彼はけわしい息をつき、寝床の上に半身を起こし、そ
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