にあうことはあるまいよ。」
 こう言《い》われたので、王子《おうじ》は余《あま》りの悲《かな》しさに、逆上《とりのぼ》せて、前後《ぜんご》の考《かんが》えもなく、塔《とう》の上《うえ》から飛《と》びました。幸《さいわ》いにも、生命《いのち》には、別状《べつじょう》もなかったが、落《お》ちた拍子《ひょうし》に、茨《ばら》へ引掛《ひっか》かって、眼《め》を潰《つぶ》してしまいました。それからは、見《み》えない眼《め》で、森《もり》の中《なか》を探《さぐ》り廻《まわ》り、木《き》の根《ね》や草《くさ》の実《み》を食《た》べて、ただ失《な》くした妻《つま》のことを考《かんが》えて、泣《な》いたり、嘆《なげ》いたりするばかりでした。
 王子《おうじ》はこういう憐《あわ》れな有様《ありさま》で、数年《すうねん》の間《あいだ》、当《あて》もなく彷徨《さまよ》い歩《ある》いた後《のち》、とうとうラプンツェルが棄《す》てられた沙漠《さばく》までやって来《き》ました。ラプンツェルは、その後《ご》、男《おとこ》と女《おんな》の双生児《ふたご》を産《う》んで、この沙漠《さばく》の中《なか》に、悲《かな》しい日《ひ》を送《おく》って居《い》たのです。王子《おうじ》は、ここまで来《く》ると、どこからか、聞《き》いたことのある声《こえ》が耳《みみ》に入《はい》ったので、声《こえ》のする方《ほう》へ進《すす》んで行《ゆ》くと、ラプンツェルが直《す》ぐに王子《おうじ》を認《みと》めて、いきなり頸《くび》へ抱着《だきつ》いて、泣《な》きました。そしてその涙《なみだ》が、王子《おうじ》の眼《め》へ入《はい》ると、忽《たちま》ち両方《りょうほう》の眼《め》が明《あ》いて、前《まえ》の通《とお》り、よく見《み》えるようになりました。
 そこで王子《おうじ》は、ラプンツェルを連《つ》れて、国《くに》へ帰《かえ》りましたが、国《くに》の人々《ひとびと》は、大変《たいへん》な歓喜《よろこび》で、この二人《ふたり》を迎《むか》えました。その後《ご》二人《ふたり》は、永《なが》い間《あいだ》、睦《むつま》じく、幸福《こうふく》に、暮《くら》しました。
 それにしても、あの年寄《としよ》った魔女《まじょ》は、どうなったでしょう? それは誰《たれ》も知《し》った者《もの》はありません。



底本:「グリム童話集」冨山房
   1938(昭和13)年12月12日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年3月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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