の死に顔と同じように真《ま》っ蒼《さお》になって起《た》ちあがると、葬龕《ずし》の階段を昇って死骸の上に身をかがめた――。その途端《とたん》に、死んでいる夫人が彼をあざけるようにじろりと睨《にら》むとともに、一つの眼で何か目配せをしたように見えた。ヘルマンは思わず後ずさりするはずみに、足を踏みはずして地に倒れた。二、三人が飛んで来て、彼を引き起こしてくれたが、それと同時に、失神したリザヴェッタ・イヴァノヴナも教会の玄関へ運ばれて行った。
この出来事がすこしのあいだ、陰鬱な葬儀の荘厳《そうごん》をみだした。一般会葬者のあいだからも低い呟《つぶや》き声が起こって来た。背丈《せい》の高い、痩せた男で、亡き人の親戚であるという侍従職がそばに立っている英国人の耳もとで「あの青年士官は伯爵夫人の私生児《しせいじ》ですよ」とささやくと、その英国人はどうでもいいといった調子で、「へえ!」と答えていた。
その日のヘルマンは終日《しゅうじつ》、不思議に興奮していた。場末の料理屋へ行って、常になく彼はしたたかに酒をあおって、内心の動揺をぬぐい去ろうとしたが、酒はただいたずらに彼の空想を刺戟するばかりであ
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