のこころは烈《はげ》しくとどろいた。しかしナルモヴが、工兵士官でないと聞いて、彼女は前後の考えもなしに、自分の心の秘密を気軽なトムスキイに洩らしてしまったことを後悔した。
 ヘルマンはロシアに帰化したドイツ人の子で、父のわずかな財産を相続していた。かれは独立自尊の必要を固く心に沁み込まされているので、父の遺産の収入には手も触れないで、自分自身の給料で自活していた。したがって彼に、贅沢などは絶対に許されなかったが、彼は控え目がちで、しかも野心家であったので、その友人たちのうちには稀《まれ》には極端な節約家の彼に散財させて、一夕《いっせき》の歓を尽くすようなこともあった。
 彼は強い感情家であるとともに、非常な空想家であったが、堅忍不抜な性質が彼を若い人間にありがちな堕落におちいらせなかった。それであるから、肚《はら》では賭け事をやりたいと思っても、彼はけっして一枚の骨牌をも手にしなかった。彼にいわせれば、自分の身分では必要のない金を勝つために、必要な金をなくすことは出来ないと考えていたのである。しかも彼は骨牌のテーブルにつらなって、夜通しそこに腰をかけて、勝負の代るごとに自分のことのよう
前へ 次へ
全59ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
プーシキン アレクサンドル・セルゲーヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング