ヘルマンは答えた。「では、あなたはわたくしの切り札をお受けなさるのですか、それともお受けなさらないのですか」
 シェカリンスキイは同意のしるしに頭を下げた。
「ただわたくしはこういうことだけを申し上げたいと思うのですが……」と、彼は言った。「むろん、わたくしは自分のお友達のかたがたを十分信用してはおりますが、これは現金で賭けていただきたいのでございます。わたくし自身の立ち場から申しますと、実際あなたのお言葉だけで結構なのでございますが、賭け事の規定から申しましても、また、計算の便宜上から申しましても、お賭けになる金額をあなたの札の上に置いていただきたいものでございます」
 ヘルマンはポケットから小切手を出して、シェカリンスキイに渡した。彼はそれをざっと調べてからヘルマンの切り札の上に置いた。
 それから彼は骨牌を配りはじめた。右に九の札が出て、左には三の札が出た。
「僕が勝った」と、ヘルマンは自分の切り札を見せながら言った。
 驚愕のつぶやきが賭博者たちのあいだから起こった。シェカリンスキイは眉をひそめたが、すぐにまた、その顔には微笑が浮かんできた。
「どうか清算させていただきたいと存じますが……」と、彼はヘルマンに言った。
「どちらでも……」と、ヘルマンは答えた。
 シェカリンスキイはポケットからたくさんの小切手を引き出して即座に支払うと、ヘルマンは自分の勝った金を取り上げて、テーブルを退いた。ナルモヴがまだ茫然としている間に、彼はレモネードを一杯飲んで、家へ帰ってしまった。
 翌日の晩、ヘルマンは再びシェカリンスキイの家へ出かけた。主人公はあたかも切り札を配っていたところであったので、ヘルマンはテーブルの方へ進んで行くと、勝負をしていた人たちは直《ただ》ちに彼のために場所をあけた。シェカリンスキイは丁寧に挨拶した。
 ヘルマンは次の勝負まで待っていて、一枚の切り札を取ると、その上にゆうべ勝った金と、自分の持っていた四万七千ルーブルとを一緒に賭けた。
 シェカリンスキイは骨牌を配りはじめた。右にジャックの一が出て、左に七の切り札が出た。
 ヘルマンは七の切り札を見せた。
 一斉に感嘆の声が湧きあがった。シェカリンスキイは明らかに不愉快な顔をしたが、九万四千ルーブルの金額をかぞえて、ヘルマンの手に渡した。ヘルマンは出来るだけ冷静な態度で、その金をポケットに入れると、
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