ではなくて、あの人の亡霊であったと言われれば、いま私と話しているあなたも、私には亡霊かと思われます。あの時の私には、怖ろしいなどという感じはちっともいたしませんで、どこまでもお友達のつもりで家へ入れて、お友達のつもりで別れたのでございます」
また、彼女は「私は別にこの話を他人に信じてもらおうと思って、一銭の金も使った覚えもございませんし、また、この話で自分が利益を得ようとも思っていません。むしろ自分では、長い間よけいな面倒が殖《ふ》えただけだと思っています。ふとしたことで、この話が世間へ知れるようにならなかったら、こんなに拡まらずに済みましたのに……」と言っていた。
しかし今では、彼女もこの物語を利用して、出来るだけ世の人びとのためになるように尽くそうと、ひそかに考えてきたと言っている。そうして、その以来、彼女はその考えを実行した。彼女の話によると、ある時は三十マイルも離れた所からこの物語を聞きに来た紳士もあり、またある時は一時《いちじ》に部屋いっぱいに集まって来た人びとにむかって、この物語を話して聞かせたこともあったそうである。とにかくに、ある特殊な紳士たちはバーグレーヴ夫人の口からみな直接にこの物語を聞いたのであった。
このことは私を非常に感動させたとともに、私はこの正確なる根底のある事実について大いに満足を感じている。そうして、私たち人間というものは、確実な見解を持つことが出来ないくせに、なぜに事実を論争しあっているのか、私には不思議でならない。ただ、バーグレーヴ夫人の証明と誠実とだけは、いかなる場合にも疑うことの出来ないものであろう。
底本:「世界怪談名作集 上」河出文庫、河出書房新社
1987(昭和62)年9月4日初版発行
2002(平成14)年6月20日新装版初版発行
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:大久保ゆう
2004年9月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全12ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
デフォー ダニエル の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング