うな種じゅ様ざまな尊い仕科《しぐさ》をしています。その子供の父は腕を組んでにこやかに微笑《ほほえ》みながら、少し離れたところに立ってその可愛らしい仲間をながめています。
わたしはもうこんな楽しい景色を見るに堪《た》えられなくなって、手あらく窓をしめきって、急いで床のなかに飛び込んでしまいました。わたしのこころは、はげしい嫉妬と嫌悪《けんお》でいっぱいになって、十日も飢えている虎のように、わが指を噛みました。
こうして私はいつまで寝台にいたか、自分でも覚えませんでしたが、床のなかで発作的に苦しみ悶《もだ》えている間に、突然この部屋のまんなかに僧院長のセラピオン師がまっすぐに突っ立って、注意ぶかくわたしを見つめているのに気がつきました。
わたしは非常に恥かしくなって、おのずと胸の方へ首を垂れて、両手で顔を掩いかくしたのです。セラピオン師はしばらく無言で立っていましたが、やがて私に言いました。
「ロミュオー君。何か非常に変わったことがあなたの身の上に起こっているようですな。あなたの様子はどうも理解できない。あなたはいつも沈着で敬虔《けいけん》な温順《すなお》な人物であるのに、どうしてそんなに、野獣などのように怒り狂っているのです。気をおつけなさい。悪魔の声に耳を傾けてはならない。恐れてはならない。勇気を失ってはなりませんぞ。そんな誘惑に出逢った場合には、何よりも確固たる信念と注意とに頼らなくてはいけません。さあ、しっかりしてよくお考えなさい。そうすれば悪魔の霊はきっとあなたから退散してしまいます」
セラピオン師の言葉で、わたしは我れにかえって、いくぶんか心が落ちついて来ました。彼は更に言いました。
「あなたはCという所の司祭に就くことになったので、それを知らせに来たのです。そこの僧侶が死んだので、あなたがそこへ就職するように司教さまから命ぜられました。明日すぐに出発できるように用意してもらいたいのです」
彼女に再び逢うことなしに、明日ここを離れて行き、今まで二人のあいだを隔てる障《さわ》りある上に、さらに二人の仲をさくべき関所を置くことになったら、奇蹟でもない限りは彼女に逢うことは永遠にできなくなるのです。手紙を書いてやることは所詮《しょせん》できないことです。誰にたのんでその手紙を渡していいか、それさえも分からない。僧職にある身が誰にこんなことを打ち明けていいか、誰を信じていいか。それが私にはまったく堪《た》えられないほどの苦労でありました。
翌あさ、セラピオン師はわたしを連れに来たのです。旅行用の貧しい手鞄などを乗せている二匹の騾馬《らば》が門前に待っていました。セラピオン師は一方の騾馬に乗り、わたしは型のごとくに他の騾馬に乗りました。
町の路《みち》みちを通るとき、わたしはもしやクラリモンドに逢いはしないかと、家いえの窓や露台に気をつけて見ました。朝が早かったので、街《まち》もまだほとんど起きてはいませんでした。わたしは自分の通りかかった邸宅という邸宅の窓の鎧戸《よろいど》やカーテンを見透すように眼をくばりました。
セラピオン師はわたしの態度を別に疑いもせず、ただ私がそれらの邸宅の建築を珍らしがっているのだと思って、わたしがなお十分に見ることが出来るように、わざと自分の馬の歩みをゆるやかにしてくれました。わたしたちはついに町の門を過ぎて、前方にある丘をのぼり始めました。その丘の頂上にのぼりつめた時、わたしはクラリモンドの住む町に最後の一瞥《いちべつ》を送るために見返りました。
町の上には、大きい雲の影がおおい拡がっておりました。その雲の青い色と赤い屋根との二つの異った色が一つの色に溶《と》け合って、新しく立ち昇る巷《ちまた》の煙りが白い泡のように光りながら、あちらこちらにただよっています。ただ眼に見えるものは一つの大きい建物で、周囲の建物を凌《しの》いで高くそびえながら、水蒸気に包まれて淡《あわ》く霞んでいましたが、その塔は高く清らかな日光を浴びて美しく輝いていました。それは三マイル以上も離れているのに、気のせいか、かなりに近く見えるのでした。殊《こと》にその建物は、塔といい、歩廊といい、窓の枠飾りといい、つばめの尾の形をした風見《かざみ》にいたるまで、すべていちじるしい特長を示していました。
「あの日に照りかがやいている建物は、なんでございます」
わたしはセラピオン師にたずねました。彼は手をかざして眼の上をおおいながら、わたしの指さす方を見て答えました。
「あれはコンティニ公が、娼婦のクラリモンドにあたえられた昔の宮殿です。あすこでは恐ろしいことが行なわれているのです」
その瞬間でした。それはわたしの幻想であったか、それとも事実であったか分かりませんが、かの建物の敷石の上に、白い人の影のようなものがすべ
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