zされてゐた。広庭には松明を持つた従者が縦横に駈け違ひ、頭の上には又|燈火《ともしび》の光が階段から階段へ上下してゐた。わしは此厖大な建築の形を、混雑の中に瞥見する事が出来たが――丸柱や迫持《せりもち》の廊下や階段や段梯《だんばしご》や――それは誠に魔法の国にもふさはしい、堂々とした豪奢の趣致と楚々とした優麗の風格とを併せ有してゐるものであつた。すると黒人の扈従が――以前にクラリモンドの手帳を持つて来た男である、わしはすぐにそれと気が附いた――わしの馬から下りるのを手伝ひに来た。それから、黒天鵞絨の着物を着て首に金鎖をかけた家令も、象牙の杖によりながらわしに会ひに出て来た。見ると大きな涙の滴が眼から落ちて、頬と白い髯の上に流れてゐる。
「間に合ひませんでした。」と彼は悲しさうに首を振りながら叫んだ。「間に合ひませんでした。霊魂を救ふ事はお出来になりません。でも、せめてどうかいらしつてお通夜をなすつて下さいまし。」
 彼はわしの手を執つて、死者の室へ案内した。わしの泣いたのも決して此老人に劣らなかつたであらう。それは死者が、クラリモンド其人、わしがあのやうに深くあのやうに烈しく恋してゐた
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