も打つ、酒も飲む、罵詈をして神を馬鹿にもする。そして、暁方に眼を醒ますと、却つてわしがまだ眠つてゐて、唯、僧侶になつた夢をみてゐるやうな心持がする。此夢遊病者のやうな生活の或場面とか或語とかの回想は、未だにわしの心に残つてゐて、わしはどうしてもそれを、わしの記憶から拭ひ去る事が出来ない。わしは、実際、わしの住居《すまひ》を離れた事のない人間なのだが、人はわしの話すのを聞くと、わしは浮世の歓楽に倦みはてゝ、信心深い、波瀾に富んだ生涯の結末を神に仕へて暮さうと云ふ沙門だと思ふかもしれない。此世紀の生活からさへ絶縁された、森の奥の、陰鬱な僧房に住みふるした学僧だとは思はぬかもしれない。
 わしは恋をした。わしの様に烈しく恋をした者は此世に一人もゐない程、恋をした――愚《おろか》な、凄《すさま》じい熱情を以て――わしは寧ろその熱情がわしの心臓をずたずたに裂かなかつたのを怪しむ位である。あゝ如何なる夜――如何なる夜であつたらう。
 わしは幼い時から、わしの天職の僧侶にあるのを感じてゐた。そこでわしの凡ての研究は、其理想を目標として積まれたのである。二十四歳までのわしの生活は云はゞ唯、長い今道心
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