が落ちてゐた時に、忽ちすべてのものは其音楽を以て溢るゝやうに見えた。これは其年の中の最も美しい、最も生命に満ちた時期であつた。そして今や何人も其中に鼓動する春の心臓に耳を傾けることが出来たのである。少年は立つて、其主人を見に行つた。青葉の枝が戸口を塞いでゐる。彼はそれを押しのけて、はいらなければならなかつた。彼が室に入つた時に、日の光は環をなしてゆらめきながら、床の上や壁の上に、落ちてゐた。あらゆる物が柔な緑の影に満たされてゐるのである。
 けれ共、老人は薔薇と百合との束を、緊く抱きながら坐つてゐた。頭は胸の上に低れてゐる。左手の卓子の上に、金貨と銀貨とに満ちた皮袋ののつてゐるのは、旅に上る為であらう。右手には長い杖があつた。少年は老人にさはつてみた。けれ共彼は動かなかつた。またその手を上げて見た。けれ共それは冷かつた。そして又力なく垂れてしまつた。
「御師匠様は外の人のやうに、珠数を算へたり祈祷を唱へたりして、いらつしやればよかつたのだ。御師匠様のお尋ねなすつた物は、御心次第で御行状や御一生の中にも見当つたものを。それを不死の霊たちなどの中に、お探しなさらなければよかつたのだ。ああ、
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