狂う人々
僕等を乗せた幽霊船は、不思議な大鳴門に吸い込まれ、大きく輪を描いて、ぐるぐる船首を独楽《こま》のように回転しはじめた。
一海里平方もあろうという大渦巻だから、外側をぐるぐる廻っているあいだは、甲板にある僕等も、さほど怖《おそ》ろしいとはおもわないが、だんだん内側の方へ吸い寄せられ、大渦巻の中心点をぐるぐる回転するようになると、その速度が、あまり迅《はや》く、めまぐるしくなって、甲板に立っていられなくなった。
「おお」「おお」技術員たちは、甲板に腹匍《はらば》いになり、半狂乱になって、哀叫している。
僕も、陳《チャン》君も、二人の科学者も、甲板に立っていられないので、それぞれ柱や、縄《ワイヤー》に取《とり》すがり、振落されるのを避けながら、互に顔を見合った。
急速度の回転のために、何だか頭が狂いそうだ。このまま気が遠くなって死んでしまうにちがいない。空も、海も、船も、人も、ぐるぐる狂い廻っているので、頭の中も、心臓も、血も、ぐるぐる狂い廻っているようだ。
「諸君、このままだと、われわれの生命《いのち》は、三日と保つまい。人間の肉体は、この急速度に対抗できても、心理的に疲れて、気が狂うか、もしくば心臓が破裂するだろう。まず、宿命とあきらめるのだね」生理学者の怪老人は、檣《マスト》から張られた縄に取《とり》すがりながら、冷たい言葉を吐いた。
「機関《エンジン》をうんとかけて、渦巻の反対の方向へ舵機《だき》を廻したら、少しは、急速度な回転を緩めることは出来ませんか」陳君は、機関士らしいことを云った。
「それは、徒労さ。この物凄《ものすご》い渦巻に反抗してみろ。舵機はまたたくまに折れ、船も真二つになりかねないよ」物理学者らしい老博士の答えだ。
「幽霊船と運命を倶《とも》にしたくないなら、この船を脱《のが》れることだね」陳君は僕に囁《ささや》いた。
「この魔の海を、どうして脱することが出来る?」
「さア、そいつは、僕の頭では考えられない。……あなたは、この幽霊船を脱することを、思案しているのではないのですか」陳《チャン》君は、怪老人に訊《たず》ねた。生理学者は、歯のない口を開いて笑った。
「ハハハハハ。心臓の入替なら、いつでも御用に応ずるが、宿命の大渦巻を脱れる工夫は、わしの手腕力量ではないね」「ほんとうに、絶望ですか」
「そうだね。三日間の生命といった
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