ね」
「難破船かも知れない」
僕と、老博士は、囁《ささや》き合った。だが、難破船にしては、船体がガッチリしている。太い烟突《えんとつ》から、黒煙を吐いてはいないが、まさか、面白《おもしろ》半分に海洋を流されているのでもあるまい。しかも近づいてくるにしたがって、いよいよ不気味に感じられる。
「幽霊船だ」誰かがまた、恐怖に顫《ふる》えた声で叫んだ。
「幽霊船?」僕は、おもわず聞き返した。
「難破船の乗組員が、みんな死んで、その亡霊が船を動かしているということを、物語にきいたが、あの船は、それにちがいない」
「それは、船乗たちの迷信さ」
老博士は、一笑に附したが、
「博士、ひょっとすると、幽霊船かもしれませんよ」
「ハハハハハハハ。君までが、……」
そういううちにも、死の船、――幽霊船は、意識してか、だんだんと方船《はこぶね》の方へ近づいて来る。
おお、死の船? 恐怖の船?……
船と船とが、すれ違いになったとき、方船は黒船の舷側《げんそく》にぴったりと吸付いてしまった。いや、吸付いたとみたのは、汐《しお》のために、舷々《げんげん》相《あい》摩《ま》したのだ。方船の生残者たちは、
「あッ!」と一斉に叫んで、身を避けようとしたので、方船は一方に傾いて、危うく顛覆しそうだった。
僕は、恐怖と好奇の眼で、幽霊船の甲板を見上げた。それは僕がかつて恐ろしい目にあった虎丸《タイガーまる》だ。約三ヶ月目で相《あい》会《かい》したどろぼう[#「どろぼう」に傍点]船だが、もう舷側にはカキ殻が夥《おびただ》しく附着し、甲板には人影もなく、船体から烈しい臭気が発散している。「博士、死の船です。幽霊船です。甲板から不気味な妖気《ようき》が立っています」
「うむ」と、老博士も好奇の眼を上げた。
「君たちはどうだ。幽霊船を探ってみないか」僕は、生残った技術員たちに呼びかけたが、彼等は、
「いや、真ッ平だ」
「あんな船に乗移ると、生命が奪われる」
と、口々に呟いて、顫《ふる》えている。
「なんだ、意気地《いくじ》なし」
僕は、虎丸の舷側に垂れ下っている、タラップの端をつかんで、足をかけ、猿のように甲板へ登って往った。老博士はと、振《ふり》かえると、かれもまた勇敢に、タラップを登ってくる。中甲板には、五つの屍骸《しがい》が、ごろごろしていた。
「あッ!」あまりの恐ろしさに、おもわず叫んだ。
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