も海水で充満している。まるで難破した水船《みずぶね》だ。
人々は、方船の屋根に取《とり》すがって、波を避けているに過ぎなく、雨露を凌《しの》ぐことさえ出来ず、食料も、飲料水も、十分に用意することが出来なかったので、二月の漂流で、すでに、それらのものも尽きてしまった。はじめ二十余人もいたが、二月ののちには、数人より残らなかった。波にさらわれて姿を消した者、食料が尽きて餓死した者、運命を呪《のろ》って、みずから海に投じて死んだ者……。生残《いきのこ》った者といえども、今では、死人も同様だ。
生残った数人のうちでは、僕は一番元気だった。若いせいもあるが、日本人の頑張りから、歯を喰《く》いしばって今日まで生きて来たのだ。
僕のほかに、数人の技術員が、まだ生残っているが、もう明日にも、方船から辷《すべ》り落ちて、海底へ沈んでゆくかも知れない。それほど、力弱っている。一番元気なのは僕だが、一番弱っているのは、老博士だ。博士は、漂流中に真先にまいってしまったが、僕は、身命を賭《と》して、老博士の身を護《まも》っているので、きょうまで生きて来たのである。
「山路君……わしはもう駄目じゃ。極度の疲労で、はやく死にたい」老博士は、こう哀《かな》しく叫んだ。
「いけません。元気を出しなさい。僕がついていますよ」
「いや、わしのような老体を、かばっていては、君も死んでしまう。わしにかまわずに、君はあくまでも生きてくれ」
「いや、博士が死ねば、僕も死にます。人造島で約束したじゃありませんか。死ぬときは、一緒に……と」
「なるほど、その約束を忘れず、わしをかばってくれるのか、ありがたい。わしは、日本人の仁侠《にんきょう》の精神に涙ぐまれる」
「そんなことはありません。僕は、あなたの科学の才能を、もっと、世界人類のために働かしてもらいたいとねがうのです。そのために、懸命に、あなたをたすけているのです」
「ありがとう、ありがとう。わしは、きっと、生き抜いてみせる」
大浪《おおなみ》がくるたびに、方船《はこぶね》は、顛覆《てんぷく》しそうになる。
嵐に吹きつけられて、方船はほとんど浪に没することさえあった。
何よりも苦痛なのは、暴風雨に見舞われることだ。天蓋《てんがい》のない建物の屋根の上に、わずかに取《とり》すがっている僕等だから、豪雨には徹底的に叩《たた》きつけられる。が、この豪雨は
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