キ使って、不用になると、帰航の途中、海ン中へ放り込んでしまうのだ」
 僕はこれをきくと、おもわず、義憤の血の湧《わ》き立つのを覚えた。
「ひどいことをするなア。こんな船に、一刻も乗ってられやしない。途中で、脱船しなくちゃ……」
「そうだよ。僕は、毎日そのことを考えているのさ」
「だって君は、船長に可愛《かわい》がられているから、海ン中へ放り込まれる心配は無いじゃないか」
「いや、僕も東洋人だ。同じ東洋人のために、兇暴《きょうぼう》な白人と戦わねばならない」
 陳君は、昂然《こうぜん》と肩を聳《そびや》かした。
 それにしても、どうして、この怖ろしい密猟船を脱することが出来ようか。

     脱船か奪船か

 虎丸《タイガーまる》は、案の定、北千島の無人島オンネコタン島近海で、白昼公然とラッコやオットセイを密猟した。それから、日本の極北パラムシロ島近海へ往って、何食わぬ顔で、日本の漁船から、紅鮭《べにざけ》をうんと買込んで、ラッコやオットセイといっしょに、冷凍室に詰込んでしまった。
 それは、日本の監視船や、警備艦の眼を、巧みに脱《のが》れるためだった。こうしておいて、ふたたび、千島の無人島を荒し廻ろうというのだ。
 虎丸《タイガーまる》が、パラムシロ近海を去って南下したのは、八月上旬だった。そして、数十海里南西のアブオス島に向った。この沿岸は、ラッコの棲息地《せいそくち》として名高いし、また洋上には、オットセイが、おびただしく群游《ぐんゆう》する。白人の密猟者にとっては、千島第一の猟場なのだ。
 虎丸は、アブオス島沖に仮泊すると、いよいよ最後の密猟を開始した。五|艘《そう》の端艇《ボート》は、早朝から、海霧を破って猟に出かけるが、夜半には、いずれも満船して戻ってくる。船長はじめ、乗組員たちはハリ切っている。哀れな臨時雇の水夫たちも、あとで海ン中へ放り込まれるとは知らずに、やはりハリ切っている。
 こうして、祖国の領海が、白人密猟者のために、さんざ荒されるのを傍観して、僕は、おもわず、腕を扼《やく》し、義憤の涙に瞼《まぶた》を濡らすのだったが、多勢に無勢、なんとも手の下しようがない。ある朝、船長はじめ、みんなが、相変らず猟に出かけたあとで、陳《チャン》君は、船長室からやってきて僕に耳打ちした。
「君、奴等《やつら》の密猟も、あと二、三日だぜ。いまのうちに何とかしない
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