ぎょうとく》へ流れついたことを話して、その犬士の流されたところもここらであろうかなどと話しているうち、船は向うの岸へ着いた。それから上陸して境駅の入際《いりぎわ》からすぐ横へ切れると、森の中の小径へかかッた,両側には杉《すぎ》、檜《ひのき》、楢《なら》などの類《たぐい》が行列を作ッて生えているが、上から枝が蓋《かぶ》さッていて下に木下闇《こしたやみ》が出来ている、その小径へかかッた。
「もうじきそこからはいるのです。さア皆さん採りッこをしましょう」と勘左衛門が勇み立ッた、もっともわざと。
「秀さんようございますか」娘は笑いながら――「まけませんよ」
「ええ、ようございますとも。負けるもンか女なんぞに」
長井戸の森は何里ぐらい続いていたか、自分はよく覚えておらぬが、随分大きな森であッた,さて森の中の小径をおよそ二三町もはいッて往くと、葉守《はもり》の神だか山の神だかえたいの分らぬ小さな神の祠《ほこら》の前へ出た、これが森の入口なので。森の中へはいッて見ると、小草《おぐさ》の二三寸延びた蔭または蚊帳草《かやつりぐさ》の間などから、たおやめの書いた仮名文字ののしという恰好《かっこう》で、蕨《わらび》が半身を現わしていた,われわれはこれを見ると,そらそこにも! おお大層に! ほらここにも! なんとまア! などとしきりに叫びながら小躍《こおど》りをして採り始めた,始めのうちは皆一とこで採ッていたが、たちまち四五間七八間と離れ離れになッて採り始めた、そして一本の蕨を二人が一度に見つけた時などは、騒ぎであッた,
「あれ私が見つけたのだワ!」
「あらまア! お嬢様、おずるい。これは私が見つけました」
「お雪さま、清にお負けなさいますな」
そうかと思うとあちらの方では,「おやどこへ往ッたろう?」「こちら、こちら!」などと手を叩いていた。また蕨に気をとられて夢中でいると、突然|足下《あしもと》から雉子《きじ》が飛び出したのに驚かされたり,その驚かされたのが興となッて、一同|笑壺《えつぼ》に入ッたりして時のうつッたのも知らず、いよいよ奥深くはいッて往ッた。不意に人声が聞え出した,どこから聞えるのだか? 方々を見廻すと、はるか向うの木の間から煙《けぶり》が細く、とんと蛇のように立ち昇ッていた。
われわれは行くともなく、進むともなく、煙の立つ方へ近づいた,すると木の間から三人の人影が見
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