まだ妙に冷たいもんな。」と、それと並んで同じ労働《しごと》をしてゐる同じ年格好の、もう一人の男が云つた。そして、どこか不平を洩《も》らすやうな調子で訊《たづ》ねた。「だが、此地《こゝ》で一体何がおつぱじまるんだね?」
「林檎林《りんごばやし》が出来るんだとよ。」と、皺嗄声の男が、これも何やら気に入らなさ相な口調で答へた。
「へえ、林檎林が出来るか。だが、この界隈《かいわい》ぢや昔から林檎つてことは聞かないな、俺等《わしら》の地方《はう》にや適《む》かないんぢやないかね。なあにさ、そりや、どうせ旦那衆《だんなしゆう》の道楽だから何だつて構はないやうなもののな。」
「ほんとによ。林檎がこの土地に適かうが適くまいが、そんなこと俺等に何の関係もないこつたが、その為めに、俺等が永年作り込んだ地面を、なんぼ自分の所有《もの》だといつて、さうぽん/\と無造作《むざうさ》に取上げられたんぢや、全くやりきれやしない。」
「第一、勿体《もつたい》ないやね。こんな上等な土地を玩具《おもちや》にするなんて、全くよくないこつた! それには些《ち》つと広過ぎるよ。」
「しツ! 止《お》かつしやい。馬鹿言ふぢやない。お前がたの今言つてたやうな事が、あの若旦那の耳へ入りでもしたら、」と、その隣に並んで同じ労働《しごと》に従事してゐた三番目の男が、前の二人を窘《たしな》めるやうに言つて、その会話に加つた。「あの人は真面目《むき》だから怒ると恐《こは》いぜ。それに、今度のことぢや、若旦那、篦棒《べらぼう》なのぼせ[#「のぼせ」に傍点]やうをして居なさるんだつて言ふからな。」が、その調子には、どこか一同《みんな》と共通した不平と嘲笑《てうせう》の影がひそんでゐた。彼は飽までも恍《とぼ》けた真面目《まじめ》な顔をして、なほも続けた。
「なんだつていふぜ、今度の事がうまく成功すると、追々手を拡げて、所有地を全部小作人から取上げてしまふんだつて。そして、村ぢゆうをその林檎林にしてしまふんだつて。いや、あの人のこつたからきつとやるぜ。」
「そんなことされて堪《たま》るもんか。」と、誰やらが、それに反対した。
「だつて、堪るも堪らないもないぢやないか。地主様の仕《さ》つしやる事、誰が苦情を申立てられよう!」と、他《ほか》の声が答へた。
「だが、さうなつたら、俺等《わしら》はどういふ事になるんだ?」と、最初皺嗄声の
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