オり行く、
星斗は開く天の陣
山河はつらぬ地の營所、
つるぎは光り影冴て
結ぶに似たり夜半の霜。

嗚呼陣頭にあらはれて
敵とまた見ん時やいつ、
祁山の嶺に長驅して
心は勇む風の前、
王師たゞちに北をさし
馬に河洛に飮まさむと
願ひしそれもあだなりや、
胸裏百萬兵はあり
帳下三千將足るも
彼れはた時をいかにせむ。

成敗遂に天の命
事あらかじめ圖られず、
舊都再び駕を迎へ
麟臺永く名を傳ふ
春《はる》玉樓の花の色
いさほし成りて南陽に
琴書をまたも友とせむ
望みは遂に空しきか。

君恩酬ふ身の一死
今更我を惜まねど
行末いかに漢の運、
過ぎしを忍び後しのぶ
無限の思無限の情、
南成都の空いづこ
玉壘今は秋更けて
錦江の水痩せぬべく、
鐵馬あらしに噺きて
劔關の雲睡ぶるべく。

明主の知遇身に受けて
三顧の恩にゆくりなく
立ちも出でけむ舊草廬、
嗚呼鳳遂に衰へて
今に楚狂の歌もあれ
人生意氣に感じては
成否をたれかあげつらふ。

成否を誰れかあげつらふ
一死盡くしゝ身の誠、
仰げば銀河影冴えて
無數の星斗光濃し、
照すやいなや英雄の
苦心孤忠の胸ひとつ
其壯烈に感じては
鬼神も哭かむ秋の風。

   (六)[#「(六)」は縦中横]

鬼神も哭かむ秋の風、
行て渭水の岸の上
夫の殘柳の恨訪へ、
劫初このかた絶えまなき
無限のあらし吹過ぎて
野は一叢の露深く
世は北※[#「氓のへん+おおざと」、第3水準1−92−61]の墓高く。

蘭は碎けぬ露のもと
桂は折れぬ霜の前
霞に包む花の色
蜂蝶睡る草の蔭
色もにほひも消去りて
有情《うじやう》も同じ世々の秋。

群雄次第に凋落し
雄圖は鴻の去るに似て
山河幾とせ秋の色
榮華盛衰こと/″\く
むなしき空に消行けば
世は一塲《いちぢやう》の春の夢。

撃たるゝものも撃つものも
今更こゝに見かへれば
共に夕の嶺の雲
風に亂れて散るがごと、
蠻觸二邦角の上
蝸牛の譬おもほへば
世々の姿はこれなりき。

金棺|灰《はひ》を葬りて
魚水の契り君王も
今《いま》泉臺の夜の客、
中原北を眺むれば
銅雀臺の春の月
今は雲間のよその影、
大江の南建業の
花の盛りもいつまでか。

五虎の將軍今いづこ、
神機きほひし江南の
かれも英才いまいづこ、
北の滑水の岸守る
仲達かれもいつまでか、
感極まりて氣も遙か
聞けば魏軍の夜半の陣
一曲遠し悲笳の聲。


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