j」は縦中横]
嗚呼南陽の舊草盧
二十餘年のいにしへの
夢はたいかに安かりし
光を包み香をかくし
隴畝に民と交はれば
王佐の才に富める身も
たゞ一曲の梁歩吟。
閑雲野鶴空濶く
風に嘯ぶく身はひとり
月を湖上に碎きては
ゆくへ波間の舟ひと葉
ゆふべ暮鐘に誘はれて
訪ふは山寺の松の風。
江山さむるあけぼのゝ
雪に驢を驅る道の上
寒梅痩せて春早み
幽林蔭を穿つとき
伴は野鳥の暮の歌
紫雲たなびく洞の中
誰そや棊局の友の身は。
其隆中の別天地
空のあなたを眺むれば
大盜|競《き》ほひはびこりて
あらびて榮華さながらに
風の枯葉《こえふ》を掃ふごと
治亂興亡おもほへば
世は一局の棊なりけり。
其世を治め世を救ふ
經綸胸に溢ふるれど
榮利を俗に求めねば
岡も臥龍の名を負ひつ、
亂れし世にも花は咲き
花また散りて春秋の
遷りはこゝに二十七。
高眠遂に永からず
信義四海に溢れたる
君が三たびの音づれを
背きはてめや知己の恩
羽扇綸巾風輕き
姿は替へで立ちいづる
草盧あしたのぬしやたれ。
古琴の友よさらばいざ、
曉さむる西窓《せいさう》の
殘月の影よさらばいざ、
白鶴歸れ嶺の松
蒼猿眠れ谷の橋
岡も替へよや臥龍の名、
草盧あしたはぬしもなし。
成算胸に藏まりて
乾坤こゝに一局棋
たゞ掌上に指すがごと、
三分の計《けい》はや成れば
見よ九天の雲は垂れ
四海の水は皆立て
蛟龍飛びぬ淵の外。
(三)[#「(三)」は縦中横]
英才雲と群がれる
世も千仭の鳳高く
翔くる雲井の伴やたそ
東新野の夏の草
南瀘水の秋の波
戎馬關山いくとせか
風塵暗きたゞなかに
たてしいさをの數いかに。
江陵去りて行先は
武昌夏口の秋の陣
一|葉《えふ》輕く棹さして
三寸の舌呉に説けば
見よ大江の風狂ひ
焔亂れて姦雄の
雄圖碎けぬ波あらく。
劔閣天にそび入りて
あらしは叫び雲は散り
金鼓震ひて十萬の
雄師は圍む成都城
漢中尋で陷りて
三分の基はや固し。
定軍山の霧は晴れ
※[#「さんずい+眄のつくり」、第4水準2−78−28]陽の渡り月は澄み
赤符再び世に出でゝ
興るべかりし漢の運、
天か股肱の命盡きて
襄陽遂に守りなく
玉泉山の夕まぐれ
恨みは長し雲の色。
中原北に眺むれば
冕旒塵に汚されて
炎精あはれ色も無し、
さらば漢家の一宗派
わが君王をいたゞきて
踏ませまつらむ九五の位、
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