ウゝ川
流れ/\て行く水に
秋も近しと眺むれば
いかに惜まむあゝ夏よ。

  青葉城

秋はうつろふ樹々の色に
名のみなりけり青葉山
圖南の翼風弱く
恨は永く名は高き
君が城あと今いかに。

弦月落ちて宵暗の
星影凄し廣瀬川
恨むか咽ぶ音寒く
川波たちて小夜更けて
秋も流れむ水遠く。

別の袖に

別れの袖にふりかゝる
清き涙も乾くらむ
血汐も湧ける喜の
戀もいつしかさめやせむ
物皆移り物替る
わが塵の世の夕まぐれ
仰げば高き大空に
無言の光星ひとつ。

  人の世に

梢離れて雪と散り
母なる土に還り行く
花のこゝろは誰か知る
散りなば散りね人の世に。

汀を洗ひ瀬に碎け
流れ/\て海に入る
水のこゝろは誰かしる
去りなば去りね人の世に。

きのふくれなゐ花の面
けふはたかしら霜の色
時のこゝろをたれかしる
移らば移れ人の世に。

かたみにしぼる憂なみだ
袖にいつしか乾くらむ
戀の心をたれかしる
替らば替れ人の世に。
  ――――――――

  紅葉青山水急流

[#ここから横組み]
[#ここから5字下げ]
〔“Er ist dahin, der su:sse Glaube〕
An Wesen die mein Traum gebar,
Der rauhen Wirklichkeit zum Raube,
〔Was einst so scho:n, so go:ttlich war”〕
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き]――Schiller : Die Ideale.
[#ここで横組み終わり]

桐の一葉をさきだてゝ
浮世の空に音づれし
秋は深くもなりにけり。

虫のねほそる秋の野を
染めし昨日の露霜や
萩が花ずりうつろへば
移る錦は夕端山
思入る日に啼く鹿の
紅葉織りなす床の上。

谷間は早く暮行けど
入日の名殘しばとめて
にほふをのへの夕紅葉、
花のあるじにあらねども
山ふところのしら雲に
契るやいかに夜半の宿。

千尋《ちひろ》の谷の底深く
流るゝ川のみなもとは
いづく幾重の嶺の雲
玉ちる早瀬浪の音
都の塵に遠ければ
耳を洗はむ人も無く。

雪より白きたれぎぬを
狹山おろしに拂はして
岸にたゝずむかれやたそ
巫山洛川いにしへの
おもわを見する乙女子は
浮世の人か神の子か。
  ――――――――
かたへにたてる若人の
汀につなぐ舟一葉
浮世の波に漕ぎいづる

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