T雲のへに
魔炎の光りたれか射る。
嗚呼すさまじの雨の夜
あらしも波も聲あげて
歌ひ弔へはなれ島
至尊の冠《かむり》いたゞきし
かしらは今はうなだれて
かれはいまはの床にあり。
疵に惱みて砂原の
月に悲む荒獅子か
檣折れてわだつみに
沈み消行く大船か
紅蓮《ぐれん》の焔しづまりて
雪に掩はるゝ死火山か。
馴れ來し邦を、とも人を、
隔てゝ遠き離れじま
都の春の一夢を
磯のあらしにさまさせて
氣は世を葢ほふますらをは
いまはの床に眠るかな。
名は一代の史をまとめ
身は全歐の權を統べ
嫉むを挫じき仇を撃ち
暗と光のおほ波を
世に注ぎしも二十年、
今はた狂ふ雨の夜
あらしに魂の迷はんと
思ひやかけし神ならで。
十萬の鐵馬アルベラ[#「アルベラ」に「(一)」の注記]の
あらしを蹴りて驅けし後
三千の精騎ルビコン[#「ルビコン」に「(二)」の注記]の
流亂して越えし後
彼に比べんものやたぞ
群山遠く下に見て
空に聳ゆるアルプスの
高きは君の名なる哉。
斷頭臺の血を灑ぐ
革命の波推しわけて
現はれいでしタイタンの
まばゆき光照らすとき
「民主自由」の聲いづこ
渦づく時世の高しほを
しばし隻手にとゞめけむ
猛きは君の威なるかな。
そら舞のぼる蛟龍の
黒雲集め雨を驅り
風に嘯き呼ぶがごと
山を震はせ海をほし
進める君が行先を
拒ぎとゞめしものやたぞ。
颶風の翼身に借りて
征塵高く蹴たつれば
脆く亂るゝマメリューク[#「マメリューク」に「(三)」の注記]
奔るを逐ふて呼ぶ聲に
四千餘年の幽魂は
覺めぬ巨塔の墓の下。
サン、ベルナア[#「ベルナア」に「(四)」の注記]の嶺高く
雪滿山を埋むれば
響きは凄しアバランチ
難きをしのぎ險を越え
見おろす大野草青く
馬は肥たりマレンゴウ[#「マレンゴウ」に「(五)」の注記]。
オーステリツ[#「オーステリツ」に「(六)」の注記]の朝風に
同盟軍の旗高し
至尊の指揮に奮立つ
二十餘萬の墺魯軍
君の鋒先向ふとき
散りぬ嵐に葉のごとく。
イェーナ、ワグラム[#「ワグラム」に「(七)」の注記]雲暗し
フリードランド[#「フリードランド」に「(八)」の注記]風あらし
いかづち落つる砲彈の
渦卷く烟かきわけて
君がかざせる鷲の旗
飛電のつるぎ閃めけば
列王つちに膝つきて
見よもろ/\の國たみは
震ひどよめり海のごと。
セインの流靜かな
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