天の王國來るとき
嗚呼其時をまちわぶる
友よもろとも手を引て
薄暗の世をたどらまし。

[#ここから改行天付き、折り返して6字下げ]
(註)(一)ミルトン失樂園第三篇
   (二)ダンテ淨罪界第一章
   (三)ベラロホン
   (四)「オーロラ、ボレアリス」
   ――――――――
[#ここで字下げ終わり]

  月と戀

寢覺め夜深き窓の外
しばし雲間を洩れいでゝ
靜かに忍ぶ影見れば
月は戀にも似たりけり。

浮世慕ふて宵々に
寄する光のかひやなに
叢雲厚く布き滿てば
戀はあだなり月姫よ。

あだなる戀に泣く子らの
手に育ちけむ花のごと
色青じろう影やせて
隱れも行くか雲の外。

  夕の星

ちぎれ/\に雲迷ふ
夕の空に星ひとつ
光はいまだ淺けれど
思深しや天の海。

嗚呼カルデアに牧びとの
なれを見しより四千年
光はとはに若うして
世はかくまでに老いしかな。

またゝく光露帶びて
今はた泣くか人のため
つかれ、爭ひ、わづらひに
我世の幸は遠ければ。

  墓上の花

死と悲と恨との
跡を留むる墓の上
美と喜びと命《いのち》との
心を示す花一つ。

光、あけぼの、來ん年日、
望の影を彼は見せ
暗、夕まぐれ、過ぎし年、
涙のあとを此は見す。

色ある花の聲や何に
聲なき墓の意味やなに
同じあしたの白露を
彼と此とに落ちしめよ。

憂の墓は人のあと
命の花は神のわざ
同じ夕の星影を
彼と此とに照らしめよ。

  「暗」と「眠」

夕暮迷ふ蝙蝠の
羽音にそよぐ川柳
其みだれ髮わがねつゝ
「暗」と「眠」とつれだちて
梢しづかに下だりけり。

墨ぞめごろも裾長く
「暗」の歩みに音もなし、
ふり蒔く露は見えねども
「眠」の影のさすところ
人のまぶたは重かりき。

過ぐるを憶ふ悲みに
來ん日を計るわづらひに
ひと日のわざは足るものを
「暗」よ「眠」よたづね來て
休みを賜へ人の子に。

嗚呼罪あるも罪なきも
喜ぶものも泣くものも
現《うつゝ》の夢を逃れ來て
「暗」のころもを纏へかし
「眠」の露に浸れかし。

星宵の空に聲もなく
よさしは今と佇ずめる
「暗」と「眠」の影ふたつ
あまねき惠み人の世に
たるゝいましのなつかしや。

  廣瀬川

都の塵を逃れ來て
今わが歸る故郷の
夕凉しき廣瀬川
野薔薇の薫り消え失せて
昨日の春は跡も無き
岸に無言の身はひとり。

時をも忘れ身も
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