みんなはあまり話さずに、おかあさんの身のまわりの用事をしました。おかあさんがいいました。
「おかあさんは、あなたがたを、ハンナとローレンスさんにお願いしていきます。ハンナは心からの律義者ですし、おとなりのあの親切なかたは、あなたがたを、じぶんの娘のように守って下さいます。ですから、すこしもあたしは心配しませんが、ただ、この不幸をよく理解して、留守中、悲しんだり、いらいらしたり、なまけたりせずに、めいめいの仕事をやって下さい、希望をもってはたらきどんなことが起っても、けっしておとうさんを失わないということを覚えていらっしゃい。」
「はい、おかあさん。」
 おかあさんは、なおもこまかく、一人一人の娘に注意をあたえました。
 馬車の音がしたとき、みんなはよくこらえて、悲しみの声をたてる者はありませんでした。ただ、しずかにおかあさんにキッスして、馬車が動き出したら、元気で手をふろうと思いました。
 ローリイとおじいさんが見送りに来てくれました。同行するブルック先生は、いかにも頼もしく見えましたので、巡礼ごっこのなかの案内者グレート・ハート氏という、あだ名を、さっそくつけました。馬車が走り出したとき、いい前ぶれのように、ちょうど日光が見送りのみんなを照らしました。そして、おかあさんが角をまがるとき、最後に目にはいったのは、四つのかがやかしい顔と、そのうしろに護衛のように立っているローレンス老人と、ハンナと、誠実なローリイのすがたでした。
「みなさん、なんて親切にして下さるのでしょう。」と、おかあさんは、ブルック青年の顔にあらわれた尊敬と同情を見ました。
「だれだって、あなたがたに親切にせずにはいられないのです。」と、ブルック先生は、気持よく笑ったので、おかあさんもほほえまずにはいられませんでした。こうして長途の旅行は、日光と微笑と、たのしい言葉の、よい前兆ではじめられました。
「あたし、なんだか地震でもあった後のような気がするわ。」と、おとなりの二人が帰っていってしまうと、ジョウがいいました。
「家が半分なくなってしまったようね。」と、メグがさびしそうにいいそえました。
 そして、娘たちは、勇ましい決心をしていたにかかわらず、その場に泣きくずれてしまいました。ハンナは、気をきかして、そっとしておき、どうやら夕立が晴れもようになったとき、コーヒーわかしを持って来ました。
「さ、おかあさんのおっしゃったとおりにやるんです。コーヒーで元気をつけて。」
 この朝、とくにハンナが腕をふるったおいしいコーヒーに、みんなはすっかり元気づけられ、「せっせとはたらけ、希望をもって」の、標語どおりに、ジョウは、マーチおばさんのところへ、メグはキング家へはたらきにいきました。そして、エミイとベスは、ハンナを助けて家のなかの仕事を、つぎからつぎへ片づけていきました。こうして、まい日、わりに元気にあかるく、なにごともなく過ぎていきました。
 それに、おとうさんのことが、娘たちをたいそうなぐさめました。重態ではありましたが、もっともすぐれた看護婦がつきそうようになってから、その効果はすでにあらわれました。ブルック先生がまい日、容態を知らせてくれるので、その速達を一家の長としてのメグが、読みあげることにしましたが、一週、二週とすぎるにつれて、いよいよ娘たちを元気づけてくれました。
 みんなずいぶんふくらんだ手紙を書いて、ワシントンへ出しました。その手紙のなかから、こっそり披露してみましょう。
 なつかしい、おかあさん。
 先日のお手紙がどんなにあたしたちを幸福にしたか申しあげかねるほどでございます。あまりうれしいお便りなので、読みながら泣いたり笑ったりいたしました。ブルックさまは、なんて御親切なのでございましょう。ローレンスさまの御都合で、そんなに長くいて下さって、おとうさんやおかあさんを、いろいろお世話下さるのは、まことにしあわせでございますね。ジョウは、あたしのぬいもののお手伝いをしてくれます。あの子の「道徳上の発作」が永つづきしないことを知っていなければ、過労にはならぬと心配になるくらいです。ベスは時計のように正しく、じぶんの仕事をしています。エミイは、わたしのいうことをよくきいてくれます。ボタンの穴かがり靴下のつくろい、わたしに教わってよくやります。
 ローレンスさまは、年とったかあさんのにわとりみたいに、ジョウがそう申します。わたしたちの世話をして下さいます。ローリイもたいそう親切にしてくれます。おかあさんが遠くへいらしたのでわたしたちはときどきさびしくて孤児みたいな気もしますが、ローリイとジョウが元気づけてくれます。ハンナは、聖人みたいです。日夜おかあさんのお帰りを待っています。おとうさんにくれぐれもよろしくお伝え下さいませ、おかあさんのメグより。
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