は鉄道なぞによっても、どんどん各地方からはこばれて来たので、市民のための食物はありあまるほどになりました。
赤さびの鉄片《てっぺん》や、まっ黒こげの灰土《はいつち》のみのぼうぼうとつづいた、がらんどうの焼けあとでは、四日《よっか》五日《いつか》のころまで、まだ火気のある路《みち》ばたなぞに、黒こげの死体がごろごろしていました。隅田川の岸なぞには水死者の死体が浮んでいました。街上には電線や電車の架空線がもつれ下《さが》っている下に、電車や自動車の焼けつくした、骨ばかりのがぺちゃんこにつぶれています。風がふくたびに、こげくさい灰土がもうもうとたって目もあけていられないくらいです。二日三日なぞはその中をいろいろのあわれなすがたをした人たちがおしおしになって、ぞろぞろ流れうごいていました。いずれも一時のがれにあつまっていたところから、それぞれのつてをもとめていったり、地方へにげ出すつもりで、日暮里《にっぽり》や品川《しながわ》のステイションなぞを目あてにうつッていくのです。女たちで、すはだしのまま、つかれ青ざめてよろよろと歩いていくのがどっさりいました。手車《てぐるま》や荷馬車《にばしゃ》に負傷者をつんでとおるのもあり、たずね人《びと》だれだれと名前をかいた旗を立てて、ゆくえの分らない人をさがしまわる人たちもあります。そのごたごたした中を、方々の救護班や、たき出しをのせた貨物《かもつ》自動車がかけちがうし、焼けあとのトタン板をがらがらひきずっていく音がするなぞ、その混雑と言ったらありません。
地震のために脱線したり、たおれこわれたりした列車は、全被害地にわたって四十四列車もあります。東京から地方へのがれ出るには、関西方面|行《ゆき》の汽車は箱根のトンネルがこわれてつうじないので、東京湾から船で清水港《しみずみなと》へわたり、そこから汽車に乗るのです。東北その他へ出る汽車には、みんながおしおしにつめかけて、機関車のぐるりや、箱車《はこぐるま》の屋根の上へまでぎっしりと乗上《のりあが》って、いのちがけでゆられていくありさまでした。
焼け出されたまま落ちつく先のない人々は、日比谷公園や宮城まえなぞに立てならべられた、宮内省の救護用テントの中にはいったり、焼けのこりの板|切《ぎ》れなぞをひろいあつめて道ばたにかり小屋をつくり、その中にこごまっていたりして、たき出しをもらって食べたりしていたのです。
震災後、二た月ばかりになりますと、市民の数《かず》は、七万の死者と、九十三万の人が地方へ出ていったのとで、二百五十万人が百四十万に減ってしまいました。いきどころをもたないり[#「り」に傍点]災者の一半《いっぱん》は、そのときも、まだ、救護局が建設した、日比谷、上野、その他のバラックの中に住んでいました。工兵隊は引つづき毎日爆薬で、やけあとのたてもののだん[#「だん」に傍点]片《ぺん》なぞを、どんどんこわしていました。九階から上が地震でくずれ落ちた浅草の十二階もばく[#「ばく」に傍点]破《は》されてしまいました。こうして片づけられていく焼けあとには、片はしからどんどんかり小屋をたてて、もとの商ばいにかえる人々もあり、十一月|末《すえ》にはすべてで四万以上の小屋がけが出来、十七万人の人々がはいりました。
小学校は全市で百九十六校あったのが百十八校まで焼け、り[#「り」に傍点]災した児童の数《すう》が十四万八千四百人に上《のぼ》っています。そのうちの四割は地方や郡部にうつったものと見て、あと八万九千の人たちは、十一月にもとのところにかり校舎がたつまでは、どうすることも出来なかったのです。中には焼けあとの校庭にあつまって、本も道具もないので、ただいろいろのお話を聞いたりしている生徒もいました。そのほか公園なぞの森の中に、林間学校がいくつかひらかれていましたが、そこへかようことの出来る子たちは、全部から見ればほんの僅少《きんしょう》な一部分にすぎませんでした。
政府は東京や、その他の被害地を再興するために復興院という役所を設けました。東京市のごときは、まず根本《こんぽん》に、火事のさいに多くの人がひなん[#「ひなん」に傍点]し得る、大公園や、広場や大きな交通路、その他いろいろの地割《じわり》をきめた上、こみ入ったところには耐火的のたて物以外にはたてさせないように規定して、だんだんに再建築にかかるのですが、帝都として、すっかりととのった東京が再現するまでには、少くとも十年以上はかかるにそういありません。
最後にこの震災について諸外国からそそがれた大きな同情にたいしては、全日本人が深く感謝しなければなりません。米国はいち早く東洋艦隊を急派して、医療具、薬品等を横浜へはこんで来ました。なお数せきの御用船で食糧や、何千人を入れ得るテント病院を寄そう[#
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