すがたをしてあらはれて来るのです。
しかし、一とう多くいろ/\な役になつて出て来るのは、いつも或《ある》小さなお嬢ちやんと老夫人の乗つてゐる、二頭だての馬車の御者台の上にゐる、あのイギリス人です。ふとつた、あぶらぎつた赤ら顔の男ですが、これはミスのお話できいた、フランソワ一世になつたり、アジャクスにもなりジユリアス・シーザーにもクロムウエルにもなるのですからきたいです。
「トゥロットさん、聞いてゐますか?」
今、ミスはかう言ひながら、目を光らせてレオニダスが祖国をまもるために、三百人のスパルタ人と一しよに戦死したお話をつゞけます。と、おもふと、こんどはホラチュース・コクレスのお話です。これは、目つかちの勇士で、たつた一人で敵の全軍をひきうけて、一つの橋を防ぎまもつたのですから、レオニダスよりもすばらしいわけです。ミスはその話でもつてすつかり逆《のぼ》せ上つて、トゥロットの手をぐん/\ひつぱつて歩きます。
と、そのうちにミスはふと立ちどまりました。ムシュウス・スケボラは、ぼうぎやくな王を殺さなかつたのを悔いて、じぶんに刑罰を加へるために、手を火の中につッこんで焼きました。ミスはその話をしながら、片手をにゆッとまへにつき出しました。トゥロットはそのいきほひのすごいのを見て、これは、ミスもスケボラのやうに、じぶんで手をやいたことがあるのぢやないかとおもひました。しかし、ざんねんなことには、ミスの手には手袋がはまつてゐるので、手の先がやけおちてゐるかどうか、それが見えません。
あゝァ、やつとイギリスの歴史になつて来ました。
聖地パレスティーヌで、サラセン人をほろぼしつくしたのはリシャールです。ミスの日がさはサラセン人をきりたふし、よろひへうちこみ、または、そのときのリシャールの王家の旗じるしのやうに空中にゆらめきました。
トゥロットはミスがよろひを着て、騎士のやうに馬にまたがつて、やばん人にせめかゝる、いさましいすがたをかんがへました。ミスには、たぶん、よろひなぞはいらないでせう。あんなに、からだがかたいのですもの。この人にあたれば、どんな矢だつてみんなをれてしまふでせう。これではサラセン人も気のどくです。
ミスは一しようけんめいに話しつゞけます。
「近代では、かういふ崇高な功績といふものはきはめて少くなりました。つまり、イギリス人の英雄的な行為を必要とする出
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