たいほど元気がつきました。でも何だかしんぱいでもありました。ねがけにトゥロットは聞きました。
「お母ちやま、神さまに何かおねがひすれば、いつでも下さるのね。」
「それや、下さるわ。むりなことでなければ。そして、しんからおねがひすれば。」
トゥロットはそれを聞いて、すつかりあんしんしました。あの子が、あさごはんに三日月パンを下さいとおねがひするのは、むりなことでも何でもありません。しんからおねがひするか、しないか。それは一しようけんめいにおねがひするにきまつてゐます。トゥロットは、じぶんがパンを食べてゐるのを、あの子がじろ/\見てゐた、あの目つきをおもひ出しました。
トゥロットは眠りこみました。そしてゆめを見ました。神さまは、牛のつのや、象のきばほどもある、大きな/\三日月パンの一つぱいはいつたかご[#「かご」に傍点]を、あの子のまへでおあけになりました。あの子の食べること、食べること。神さまは、なくなればいくらももつて来て下さいます。男の子はすつかりよろこんで、頬《ほほ》をまつ赤にしてをどつてゐます。トゥロットのうれしさと言つたらありません。
「坊ちやま、お早うございます。よくおねんねなさいましたでせう?」
ジャンヌはトゥロットのお顔を洗ひ、お着かへをすませました。トゥロットは、あの子も、着物を洗つていただいたり、ほかの着物も下さるやうに、神さまにおねがひしなければいけないねとおもひました。お着かへをする間中、トゥロットは、あの子のことばかりかんがへつゞけてゐました。
トゥロットは、あの子が三日月パンを見つけ出しにいくときの顔が早く見たくてたまりません。おゝ、けさのお天気のすばらしいこと、これはきつと、三日月パンをしめらさないやうにするためだよと、トゥロットはおもひました。
トゥロットは二分間でチョコレイトをむりやりにたべこみ、おほいそぎで、三日月パンをポケットにおしこみました。
「お母ちやま、ちよつと浜へいつて来てもいゝ?」
「まあ、何でけさは、そんなに早くからいくの? おゝ、いゝお天気だこと。ぢやァいつてらつしやい。先生がおいでになつたらよびますから。」
トゥロットは岩のところへかけつけました。神さまの三日月パンはどんなでせう。きつとパン屋のよりも、もつと/\金色で、そして、ずつと大きいにちがひありません。トゥロットは、すこしあの子がうらやましくなりました。
トゥロットは穴の中に手を入れて見ました。それから、のぞいて見ました。そして、ぞくりとして青くなりました。なんにもはいつてはゐません。もう一ど、よくのぞいて見ました。どうしたんでせう。神さまは、きつと、ほかのところへおおきになつたのでせう。
トゥロットは、そこいら中を見まはしました。ほかの岩の下の穴をものぞいて見ました。でも、どこにもありません。一たいどうしたわけでせう。今にあの男の子が出て来ます。そして何にもみつからなかつたら、それごらん、神さまなんてうそつぱちぢやないかといふにちがひありません。トゥロットのことをだつて、うそつきだといふでせう。それにあの子は、あんなにおなかをすかしてゐるのですから、かはいさうです。
「あゝァ。」
トゥロットは、かなしさがこみ上げて来ました。神さまは、けさはいそがしかつたのか、それともおわすれになつたのにちがひありません。でなくば、パンがこげてゐたからでせう。おうちでも一どそんなことがありました。だつて、こげたのでもいゝから一つ下さればいゝものを。
トゥロットは、がつかりしました。
と、あの子がやつて来ました。にこ/\した顔をして、舌なめずりをしながら、大またにあるいて、ずん/\岩の方へ向つて来ます。トゥロットはこちちから見てゐると、両足がぶる/\ふるへ出して来ました。身も心もちゞみ上るやうです。出来るならにげ出してしまひたいくらゐです。
「あゝァ。」と、もじ/\しながら、トゥロットは両手をポケットにつッこみました。あゝ、いゝことがある。トゥロットはポケットの三日月パンをとり出して、すばやく穴のおくにおしこみました。
男の子は砂の上にすわりこんで、もぐ/\息もつまるばかりに、ほうばつて食べました。トゥロットはそれをじつと見てゐました。今、じぶんの小さな胃袋は、まい朝のやうにふくらんでゐないのがはつきりわかります。じぶんのあさごはんだつたものが、見る/\きえていくのを見つめてゐると、すこしばかりは、をしくないでもありません。しかし、これでじぶんは、人にかるはずみなことを言つたつぐなひを、ちやんとつけたことになります。それだけは神さまも見て下さるだらうとおもふと、やつぱり、ゆかいでした。
男の子は、すつかり食べてしまひました。
「パン、おいしかつた?」
「うん。でも神さまがもつて来たんぢやねえぞ。おれ、おめえが穴の中へつッこむのを見たぞ。」
トゥロットは、まつ赤《か》な顔になりました。まつたくそれにちがひないので、いひぬけをすることも出来ません。しかし、トゥロットの顔は、ふいにかゞやいて来ました。そしてにこ/\いさんで言ひました。
「でもさ、ぼくに、パンを入れとけとおつしやつたのは神さまだよ。きつとさうだよ。」
トゥロットは、ぺこ/\のおなかをして、おうちへかへりました。でもお顔はとてもはれ/″\して、いかにもうれしさうでした。
底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第五巻」文泉堂書店
1975(昭和50)年9月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
1929(昭和4)年2月
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2006年7月19日作成
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