ふゝん、この子の女中は、まいあさこの子を頭から足のさきまでシャボンで洗つたりしないんだから、いゝね。ぼくはいやな目をさせられて損だ。でもぼくは貴族のうちの子で、もう大きな子なんだから、ちやんと洗つてもらはなければいけない。洗はれるのはいやだけれど、きれいになるのはいゝ気もちだのに、この子はなんてぶざまなんだらう。
「ほんとに、きたないね、きみは。」
 かういふと、子どもは、ちよいと、目をうつぶせましたが、ぢきまた上げて、へんじもしないで、うすのろのやうににた/\笑ひながら、片方の手で砂をにぎつては、やみまなしに、片方の手の平へうつし/\してゐます。でも、たいしておもしろさうなけはひもなく、目では、じつと、トゥロットが三日月パンをもう少しで食べてしまひかけるのを見つめてゐるのです。
 トゥロットはその子の目のおちるところを見て見ました。じいつと見ていくと、その目は、じぶんの三日月パンの上へ来てとまるやうです。あゝ、やつぱりさうだ。三べん同じところへ来るんだもの。まちがひはない。
「きみ、三日月パンがほしい?」
 トゥロットはかう言つて、食べかけをみんな口の中へおしこみました。男の子は、しよげこんだ顔をして、何をか口の中でぶつ/\言ひました。
「きみは、もう食べちやつたの?」と聞きますと、あひての子は、ぼんやりした目でトゥロットの顔を見上げました。
「もう食べちやつた?」
 男の子は、かぶりをふりました。
「それぢや、あとでぢき食べるのね。」
 男の子は目を地びたにおとして、くびをふりました。そして、さつきのやうにまた砂をいぢりはじめました。
「今日は食べないの?」
 男の子は何とも返事をしません。トゥロットは、では、あゝ、きつとさうにちがひないとおもひました。
「きみは、きのふは物を食べても不消化だつたのね。」
 男の子は目を大きくあけました。不消化といふ言葉がわからないのでへどもどしたやうですが、それでも、やつぱり、かぶりをふつて見せました。
「ぢやァ、おなかがいたいの?」
やつぱり、うんう。
「ぢやァ、なんか、おいたをした?」
さうでもない。
「そんなら、なぜ食べないの?」
 男の子は、ベッと、地びたへつばきをはきました。おゝ、いやだ。トゥロットは、つばきなんかをはかれるのは大きらひです。おや、片手でぼり/\頭をかいて、もう一つの手では、指をぐいと鼻の穴の中へつ
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