た。兵隊はそつとあたりを見まはしました。
すると、ふしぎなこともあればあるものです。そのテイブルはこの一本足の兵たいが先にのつかつてゐた、あの同じテイブルではありませんか。
むろん、部屋も同じ部屋でした。それから同じ坊ちやんがそばにゐました。そしてテイブルの上には、先《せん》と同じ仲間が、ちやんとそのまゝそろつてゐました。踊《をどり》の女の人はやつぱり同じやうに入口の石段の上に立つて、両手をたかくさしあげて、一本足で踊つてゐました。
一本足の兵たいは、うれしくて/\、思はず錫《すず》の涙がこぼれさうになりました。でも兵たいですから、涙なんぞを見せるわけにはいきません。一本足の兵たいは、だまつて、ぢいつと踊子《をどりこ》の顔を見てゐました。踊の女は何にも言はないで、だまつてこちらを見てゐました。
そのうちに坊ちやんが、ふいにその兵たいをつかんで、いきなりストーヴの中へなげこんでしまひました。兵たいは、
「あつ。」とびつくりしました。これもやはりあの黒い鬼のさせたことにちがひありません。兵たいはだまつてぢつとしてゐました。
でも赤焼けになつた石炭の中へなげこまれたのですから、たちまちじり/\と、からだ中が焼けたゞれて来ました。兵たいの顔色はまつ青《さを》になつてしまひました。
「あゝ、とう/\これなり焼け死ぬのか。」と思ひながら、向うのテイブルの上の踊の女の人を見つめてゐました。踊の女の人も、ぢつと兵たいを見てゐました。
と、坊ちやんはふいに踊の女の人を石段の上からひつぺがして、いきなり、また、ぽんとストーヴの中へなげこみました。女の人はづしんと一本足の兵たいのそばまで来たと思ひますと、たちまち頭から足の先まで、ぼう/\ともえ上つてしまひました。
あくる朝、女中がストーヴの灰をかきに来ました。するとその灰の中から、ハートのやうな形をした錫《すず》のかたまりが出て来ました。それからまつ黒こげになつた、ばらの飾りのボール紙も出て来ました。その黒こげのボール紙は、あの踊の女が、きのふまでこの世にゐたといふ、たつた一つのしるしでした。
底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第三巻」文泉堂書店
1975(昭和50)年9月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
1919(大正8)年5月
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2006年7月19日作成
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