、大きなばらの花で胸のまん中に止めてあります。
 その女の人が、両腕をひろげ、片足を思ひきりたかく蹴上《けあ》げて、お得意の踊《をどり》ををどつてゐるのです。その上げた片足は、顔よりももつと上まではね上つてゐるので、ちよつと見ると、片足がどこにあるのか分らないくらゐでした。一本足の兵たいは、この女の足を見ると、
「おや、あの人も一本しか足がないや。なるほど、世の中にはおれ見たいな人もゐるんだね。よしよし、おれはこれから、あの人と仲好《なかよ》しにならう。しかし、向うはあんな立派な西洋館に住んでゐる女だ。おれのやうなこんな家《うち》ぢや、いらつしやいと言つても中々来ないだらうね。おれは二十五人も一しよに、こんな、いやな箱の中にゐるんだもの。」
 一本足の兵たいは、じぶんのお家《うち》になつてゐる、もと巻煙草《まきたばこ》のはいつてゐた箱の後《うしろ》に立つて、背のびをして、その女の踊を見てゐました。女の人は一本足のくせに、ころびもしないで、上手につりあひを取つて立つてゐました。そのうちに夜になりました。ほかの二十四人の兵たいは、みんな箱の中へはいりました。家《うち》中の人もみんな寝床にはいつて寝てしまひました。
 すると、テイブルの上のおもちやたちは、そろ/\動き出しました。中にはのこ/\人のところへ話しにいつたり、おほぜいで踊ををどつたり、さうかと思ふと、けんかをし合つたりして、おほさわぎをしはじめました。
 錫の兵たいたちは、箱から出ようと思つて、どたばたあばれました。しかし箱のふたが中々持ちあがりません。
 こちらでは小さな紙切《かみきり》ナイフが、ばねじかけの蛙《かへる》にふざけてゐます。石盤の上では、石筆がころ/\走りまはつてゐます。その物音で、籠《かご》のなかのかなりやも目をさまして、ちい/\と謡《うた》をうたひ出しました。
 そんなさわぎの中で、れいの踊の女の人と、一本足の兵たいだけは、だまつて身動きもしないでゐました。女の人は両腕をひろげ、片足をはね上げたまゝ、石段の上にぢいつと立つてゐます。一本足の兵たいは、その踊手《をどりて》の顔をぢつと見つめたなり、まつすぐに一本足でつゝたつてゐました。そのうちにお部屋の時計が十二時をうちました。
 それと一しよに、煙草の箱のふたが、ひとりでぴよんととびあいたと思ひますと、中から、まつ黒な鬼のおもちやがぬつと顔を
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