かう言つて、ふかいため息をしました。
 イドリスは、いくらなげいても、どうにも仕方がないので、しを/\市場へいつて、くるみを四十買つて来ました。そしておかみさんに向つて、
「今晩から、このくるみを一つづゝくだいて食ふんだ。この四十のくるみがなくなる日には、わしの命もなくなるのだ。」と、ぽろ/\涙をこぼしました。


    二

 話がかはつて、王さまのお倉をあらしたどろぼうの頭《かしら》は、王さまが墓場の賢者イドリスに命じてじぶんたちをさがしにかゝつてゐるといふうはさを聞きこみました。それで、びつくりして、その晩手下の一人に向ひ、
「おまへは、これからイドリスの家《うち》へ出かけて、イドリスが何を言つてるか聞いて来い。あいつの言つたとほりの言葉を、そのまゝおれに話すのだぞ。」と言ひつけました。
 手下の泥棒は、さつそくかけつけました。そしてイドリスのうちの戸のかげに立つて、じつと耳をすましてゐますと、間もなくイドリスは、おかみさんに向つて、
「おい、そのくるみを一つよこせ。」と言ひました。どろぼうの手下は、そつと戸の鍵穴《かぎあな》からのぞいて見ますと、イドリスは、そのくるみを、かちんとたゝきわつて、こちらの鍵穴の方を見つめながら、
「四十の一つだ。」と言ひ/\食べ出しました。どろぼうの手下は、青くなつてかへつて来ました。そして頭に向つて、
「わたしが鍵穴からのぞいてゐますと、イドリスは私の方を見て、四十の一つだと言ひました。」と話しました。頭はびつくりして、そのあくる晩は、ほかの二人の手下に、イドリスが何を言つてるか聞いて来いと言つて出しました。こんどは人をちがへて、そして、いふことがうそでないやうにわざ/\二人のものをやつたわけです。その二人が、やはり鍵穴からのぞいてゐますと、イドリスはおかみさんに、
「そのくるみを一つよこせ。」と言つて、それをわり、
「えへん、四十の二つだ。」と言ひ/\鍵穴の方を見ました。
 泥棒の頭はそれを聞くと、いよ/\心配になりました。それであくる晩はまたちがつた三人のものを立ち聞きにやりますと、イドリスはやはりくるみを一つわりながら、
「あゝァ、四十の三つか。」と言ひ/\戸の方を見ました。
 どろぼうの頭は、これではもうだめだと、がつかりしました。
「イドリスは、おれたちのしたことを、ちやんと見ぬいてゐるよ。」
 頭はみんなにかう言
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