小石川のお祖母ちやまとお二人で、早くすゞちやんが生まれるやうに、いのつて下さいました。
すると、六月の或《ある》晩でした。お母さまには、あすはすゞちやんが生れるといふことがわかりました。お父さまも、それはよろこんで、すぐに小石川のお祖母ちやまに来ていたゞきました。
でも、ぽつぽにだけは、みんなだまつてゐました。ぽつぽがよろこんで、あんまりおほさわぎをするとうるさいから、あとでそつと見せてやることにしたのでした。
その晩お母さまは、すゞちやんの寝る小さな赤いおふとんをちやんとしいて、そのそばへやすみました。
お父さまがあくる朝日をさまして見ますと、ちやんとすゞちやんが生まれてゐました。まつ赤《か》なお顔をした、小さい赤ん坊のすゞちやんは、一人で赤いおふとんの中に、すや/\とねてゐました。お父さまは、よろこんで、
「お祖母さま、小さなすゞちやんが生れて来ましたよ。」と言つてよびました。お祖母ちやまは、かけていらしつて、
「あら/\かはいゝすゞちやんね。」と言つて、それは/\およろこびになりました。すゞちやんはそれからしばらくたつて、はじめてお母さまにお乳をもらひました。
すゞちやんは、とき/″\「おぎァ/\」と泣きました。それから、「おふんにやい/\」と言ふやうにも泣きました。
ぽつぽは、はじめてすゞちやんの泣き声を聞くと、
「あれはだれでせう。ぽッぽゥ、ぽッぽゥ。」と、しきりにお父さまに聞きました。お父さまは、
「あれはすゞちやんだよ。こんど生れた赤ちやんだよ。」と言ひました。すると、ぽつぽは、よろこんで、
「おやさうですか。」と、ぱた/\おほさわぎをしました。そして、
「早く見せて下さい。早く/\。」と二人でねだりました。
しかし、すゞちやんは、まだたうぶんは、そつとねかせておかなければならないので、ぽつぽのところへつれていくわけにはいきませんでした。
ぽつぽは、まいにち/\、
「どうぞすゞちやんを見せて下さい。早く見せて下さい。」と言つて、かはる/″\ねだりました。それで或《ある》日お父さまは、すゞ子をそつと、おふとんにくるんで、ぽつぽのかごのまへにつれていきました。そして、
「すゞちやん/\、ごらんなさい。これがおまいのぽつぽだよ。」と言ひました。ぽつぽは、
「すゞ子ちやん/\こんちは。」
「すゞ子ちやん私《あたし》もこんちは。」と、それは/\おほよろこびでかう言ひました。
でも、まだ小ちやなすゞちやんは、まぶしさうに目《めんめ》をつぶつて、おぎァ/\といふきりで、ぽつぽを見ようともしませんでした。すゞちやんは、たとへそのとき目《めんめ》をあけても、まだ、ぽつぽどころか、お父さまもお母さまも、なんにも見えなかつたのでした。だれでも小さなときは、目《めんめ》があつても見えないし、お手《てて》があつても、かたくちゞめて、ひつこめてゐるだけです。ちようど、足《あんよ》があつても、大きくなるまではあるけないのとおんなじです。
そのうちに、だん/\と暑い八月が来ました。海はぎら/\と、ブリキを張つたやうにまぶしく光つて来ました。すゞちやんは、昼でも、小さなおかや[#「かや」に傍点]の中にねてゐました。
お母さまは、お部屋の鏡だんすのふちから、ねてゐるすゞちやんの目《めんめ》のま上へ横に麻糸をわたして、こちらの柱のくぎへくゝりつけました。そして、赤いちりめんのひも[#「ひも」に傍点]の両はしに、小さな銀の鈴をつけて、それをその糸へつるしました。
すゞちやんは、目《めんめ》がさめて、かやをどけてもらふと、黒い、きれいな目《めんめ》をあけて、その赤いひもをぢいつと見てゐました。お母さまはとき/″\立つて、そのひもをこちらの方へ少しひいて見ました。
さうすると、すゞちやんの黒い目《めんめ》は、すぐに、はすかひにこちらの方を見ました。こんどは向うへやると、すゞちやんはまた黒目をうごかして、そちらの方を見ました。鈴はひもがうごくたんびにりん/\となりました。お母さまは、
「まあ、ちやんと見えるのですね。」と言つて、うれしさうに笑ひました。お父さまは、こちらのいすにかけて見てゐました。お部屋の三方には、まつ白な、うすいカーテンがかゝつてゐました。その中に、すゞちやんの着てゐる赤いおべゝと、つるした赤いひもとが、きわだつてまつ赤に見えました。
三
お父さまは、それからまた或《ある》日、すゞちやんを、ぽつぽのまへへだいていきました。ぽつぽはよろこんで、
「すゞ子ちやん、すゞ子ちやん、こんちは。ぽッぽゥ、ぽッぽゥ。」と言つて、おじぎをしました。
お父さまは、
「こつちよ/\、すゞちやん。こつちをごらんなさい。」と言ひながら、すゞちやんをかご[#「かご」に傍点]のまへにすゑるやうにして、ぽつぽを見せようとしまし
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