れを聞くと、
「どういたしましょう。もう私の力ではどうすることも出来ません。どうかして、この昼を夜にする工夫はないものでございましょうか。」と言いました。すると長々は、
「ああ、それならぞうさもありません。」と言いながら、からだをするするのばしました。そして、あッと言う間《ま》に天までのび上りました。みんなはびっくりして、何をするのかと見ていますと、長々はたかいたかい雲の中で帽子をぬいで、その帽子を、ひょいとお日さまの片がわへかぶせました。すると下界は王子たちのいる方に光がさすだけで、兵たいがかけて来る方の半分は、ふいに夜のようにまっくらになってしまいました。
王子たちは、兵たいが暗がりでまごまごしている間に、
「さあ、走れ走れ。」と言いながら、ふたたび王女の手をとって、おおいそぎでかけ出しました。長々は王子たちが、いいかげん遠くまでにげのびたのを見すまして、ひょいと帽子をはずして、頭にかぶりました。そして一と足で一里またげる、その長い足で、ひょい/\/\と、またたく間に王子のそばへ追いつきました。
それからみんなは、また一しょに走りつづけました。そのうちに向うの方に、王子の御殿のある町が見え出しました。王子は、
「どうだ、兵たいはもうひきかえしたか。ちょっと見てくれ。」と、火の目小僧に言いました。火の目小僧はまた後《あと》をふりかえって、
「おや、またじきあすこに砂烟《すなけむり》が見えます。これはたいへんだ。」とあわてました。すると、ぶくぶくが、
「じゃァみなさんはかまわずおにげ下さい。私がここにのこって、ちゃんとしますから。」と、王子たちをさきににがしました。
八
ぶくぶくはそのあとへ一人で立ちはだかったまま、ぶく/\ぶく/\と、見る見るうちに大きな大きな大山のようにふくれ上りました。そしてその大きな口をぱくりとあいて、
「さあ来い。」と言いながら、ゆうゆうとまちかまえていました。兵たいたちは、
「うわあ、うわあ。」と、ときの声を上げて、死にものぐるいでかけつけて来ました。みんなは、もうこうなれば、たとい火の中をくぐっても王女さまを取りかえして見せる、もし相手が王女をわたさないと言うなら、すぐに町をせめかこんで、町中のものを一人も残さず斬《き》り殺してやろうと、こう腹をきめているのでした。
間もなく兵たいたちは、ぶくぶくの口のまん前までかけて来ました。するとみんなは火の子のようにあわて切っているものですから、ぶくぶくの大きな口を町の入口の門とまちがえて、片はしからどん/\どん/\その口の中へとびこみました。ぶくぶくはその何千人という兵たいがすっかりお腹《なか》の中へはいってしまうと、
「ははは。これでよし。」と笑いながら、そのままのそりのそりと町の方へ歩いていきました。
ぶくぶくはそれだけの兵たいを馬ぐるみお腹へ入れたのですから、少し歩き悪《にく》くはありましたが、それでも大またにのこのこと歩いて町へはいりました。
町|中《じゅう》では王子がうまく寝ずの番をして、世界一のりっぱな王女をお嫁にもらってかえって来たというので、みんな大よろこびで、おどりさわぎました。王子はぶくぶくの姿を見ると、
「おお、かえったか。あの兵たいたちはどうした。」と聞きました。ぶくぶくはにたにた笑いながら大きなお腹《なか》をぽんとたたいて、
「このとおりでございます。みんなこの中へ入れてしまいました。」と言いました。王子は、はっはと笑って、
「もういいから出しておやりよ。」と言いました。
「そうですね。兵たいや馬はこなれがわるいでしょうね。あとで腹《はら》が下《くだ》るとやっかいですから出してしまいましょう。」
ぶくぶくはこう言って、わざわざ町のまん中の大きな広場まで歩いていきました。町中のものは大山のような大きな大きな大男が来たのでびっくりして、わいわい言いながら、みんなでぞろぞろ後《あと》へついていきました。ぶくぶくは広場へ来ると、
「さあ、みんなどけどけ、あぶないぞ/\。」と言いながら、大通りにたかっている人を追いはらいました。そして両手で横腹をおさえて、
「ゴホン/\/\。」と、せきをしました。するとそのたんびに腹の中から騎兵が十人ずつかたまって、すぽんすぽんととび出しました。町のものは、
「うわァうわァ。」とおもしろがって、みんなで手をたたいてはやし立てました。ころがり出た騎兵たちは、死んだようにまっ青な顔をして、あとをも見ずににげていきました。ぶくぶくは、
「ゴホン/\、ゴホン/\。」と、せきつづけにせいて、とうとう何千人という騎兵を一人ものこさずはき出してしまいました。その一ばんしまいにとび出した兵たいは、戸まどいをして、ぶくぶくの鼻の穴へとびこんで、もがいていました。ぶくぶくは、
「ちょッ、うるさいね。」と言って、クシャンと、くしゃみをしました。するとその兵たいは、ぱたんと鼻の穴からふきとばされて、馬と一しょにころ/\ころがりながらにげていきました。
御殿では王子と王女との御婚礼の式をあげることになりました。
それで、王女のお父さまの王さまにも来ていただかないといけないというので、王子はいそいで長々《ながなが》をおつかいに出しました。長々は例の足でひょい/\/\と、一どに一里ずつまたいで、じきに向うの王さまの御殿へ着きました。
見ると、さっきの兵たいたちは、馬でにげて行ったくせに、まだ一人もかえりついていませんでした。
長々は先に着いたのを幸《さいわい》に、王さまに向って、兵たいの大将の命を許しておやりになるように、よくおねがいしてやりました。それでないと、大将は王女をとりかえさないで空手《からて》でかえって来たばつに、きっとくびをきられるにきまっていました。
王さまは、王女のお婿《むこ》さんがそういう立派な王子だったと聞くと、おおよろこびで、すぐにおともをつれて、王子のところへ出ていらっしゃいました。それで御婚礼の式もとどこおりなくすみました。
王子をたすけていろんな大てがらをした、ぶくぶくと長々と火の目小僧の三人は、大そうなごほうびをもらいました。
底本:「鈴木三重吉童話集」岩波文庫、岩波書店
1996(平成8)年11月18日第1刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集」文泉堂書店
1975(昭和50)年9月初版発行
入力:今泉るり
校正:Juki
2000年2月15日公開
2005年12月27日修正
青空文庫作成ファイル:
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