、だれかゞ、部屋の中から長靴をつき出して、土をあけるところをひよいと見つけました。兵隊たちは、おや、と言ひ言ひはいつていつて、部屋中をすつかりしらべてまはりました。すると或|寝《ね》だいだなの下のところに穴がほりかけてあるのが見つかりました。
だれがやつたのかと、典獄は、みんなを一々せめしらべましたが、だれもかれも私《わたし》ではないと言ひはりました。中にはマカールのしわざだと知つてゐるものもゐましたが、うつかり口に出せば、たちまちマカールがなぐり殺されるので、だまつてゐました。
典獄は困つたあげく、イワンに向つて聞きました。
「お前《まい》は正直な老人だ。神さまのまへで、おれに言つてくれ。一たいだれがあの穴をほつたのか。」
マカールはそのときも何くはぬ顔をしてゐましたが、イワンが何と答へるかとその顔をじいつと見てゐました。イワンはくちびると両手をふるはせてゐるきりで、しばらくの間一ことも言葉を出すことが出来ませんでした。イワンは心の中で思ひました。
「わしを生き殺しにしたあいつだ。あいつをかばつてやる必要はさらにない。あいつも私《わし》を苦しめた代価をはらふのがあたりまへだ。……しかし私《わし》がしやべつてしまへばあいつはそくざになぐり殺されてしまふにきまつてゐる。わしはあいつを商人殺しの悪ものだときめてゐるものゝ、まん一それが私《わし》のかんちがひであつたとしたら、よけいな告げ口をして、あいつを殺させるのも罪なわけである。ともかくしやべつたところで、けつきよく、わしに何の得が来るわけもない。」
「おい、おぢいさん、どうだ。ほんとうのところを言へよ。あの穴をほつたのはだれだ。」
イワンはじろりとマカールの顔を見て答へました。
「それは私《わたし》には言へません。私がそれをしやべるといふことは神さまがお許しになりません。私が申し上げないのが悪ければ、私をどうにでもなすつて下さい。私の生命はあなたにさし出します。」
典獄はそんなばかな話があるものかと言つて、しつッこく問ひつめましたが、イワンは、どうしてもうちあけませんでした。それでとう/\犯人もわからずじまひになつてしまひました。
五
その晩イワンがやうやく眠りかけようとしますと、だれだか、こつそりしのんで来て、イワンの寝だいだなにそつと腰をかけました。やみの中をすかして見ますとマカールです。
「おい、何しに来た。この上わしに何を要求しようといふのだ。」とイワンは、むつとして言ひました。
「いけ。いかないと守衛をよぶぞ。」
かう言ひますと、マカールは、イワンのからだの上へこゞまるやうにして、
「おい、どうぞゆるしてくれよ。」と小さな声で言ひました。
「おまいに何を許すのだ。」
「おれはほんとうに悪ものだ。あの商人を殺して、ナイフをおまいの袋の中へ入れこんだのは、このおれだよ。あのとき、おれはおまいをも殺さうとしたのだ。ところが外で物音がし出したので、ナイフをおまいの袋の中へつッこんで窓からにげ出したんだよ。」
イワンは頭をぐわんとなぐられでもしたやうに、ぼうとなつて言葉も出ませんでした。するとマカールはたなからすべり下りて、床板の下に両ひざをつきながら、
「このとほりあやまる。どうぞ許してくれ。神さまのためだと思つて、おれの罪を許してくれ。おれは、あの商人を殺したことを名乗つて出るつもりだよ。さうすればおまいも許されて故郷へかへれる。そのかはりどうか、これまでおまいを苦しめたことだけは許してくれ。おいイワン、ほんとうに許しておくれ。」
「ふゝん、口だけであやまるのはぞうさもないことだ。だけれど、まあ考へて見ろ。わしはおまいのおかげで、今日まで二十六年の間苦しい目を見て来たんだよ。今になつてかへると言つてどこへかへるのだ。わしのにようぼはもう死んでしまつた。小さいときに分れた子ども二人は、もうわしの顔もおぼえてはゐない。わしはかへらうつたつて、かへるところはないよ。」
イワンは、やつと気をおちつけてかう言ひました。マカールは、そのまゝひざをついたきり、いつまでも立ち上らうともしません。しまひには、とう/\床板へ頭をすりつけて、
「まつたくすまないことをした。許してくれ。おれは牢屋《らうや》へはいつてびし/\ぶたれたときでもこれほど苦しくは思はなかつた。かうしておまいのまへにすわつたこの心もちは、むちでぶたれるよりもまだつらいのだ。おれはつく/″\恥ぢ入つてゐる。おまいはおれをあはれんで、穴のことを言はないでくれた。イワンよ、おれはわるものだつた。どうぞ許してくれ。神さまのおためだと思つて許してくれ。」
マカールはかう言ひ/\、とう/\しやくり上げて泣き出しました。イワンは、マカールの泣く声を聞くと、じぶんもひとりでに、しく/\と泣けて来ました。
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