く、どうにも、とりとめがつかなくなつてきました。すこし泣きたくもなりました。そして、つまるところ、このかたつむりをふみつぶすといふことは、大きな罪ををかすやうな気がしてなりません。しかし、こいつを、このまゝにしておけば、バラの木がいためられるのです。あゝあ、どうしたらいゝだらうと、トゥロットは、ひどくこまつて頭がぼうとなりかけました。
 でも、かういふことだけは、ぼんやりなりにも言へるやうです。羊を殺すのはわるい。しかし食べるためになら殺してもわるくはない。かたつむりをころすのはわるい。でも食べ……
 トゥロットは、びつくりして、じつと手の中のかたつむりをながめました。おゝいやだ。そんなことは、とても出来つこはない。おゝ、いやだ/\。
 ミスはとほくから、あざけるやうなようすをして見てゐます。トゥロットがどう結末をつけるかと、ひざの上にごほんをのせて、そり身になつて見てゐるのです。


    三

 そのミスが、ふいに、針にでもつきさゝれたやうに、とび上り、かなきりごゑをはり上げて、ご本をすつとばしてとんで来ました。
 トゥロットは、かたつむりを手でぐいと、のどのおくにおしこんだのです。そして、目をつぶつてのみこんでしまつたのです。
「まあ、とんでもない。……ばかなことを。……どうしてそんなむちやをするのです。ほんとにあきれた。なんておそろしいことをするのです。」
 ミスはひつくりかへるほどびつくりして、お部屋へかへつても、フランス語とイギリス語を、ごつちやに、くちびるの上でぶつけ合せました。トゥロットは平気で、にはか雨が来たのを、けろんとして見てゐました。
 しかし、じつをいふと、胃ぶくろの中がどうなるか、それがすこし気がゝりでした。いやにグウグウと、へんな音がします。きつとかたつむりが、のそ/\歩いてゐるのにちがひありません。かうおもふとすこし胸がむかついて来ました。
 でも、まあそれだけのことです。かたつむりはどうせ消化されてしまふでせう。
 そこでトゥロットは、雨があがると、またお庭へ出ました。そして、まへよりももつとふかい愛情をもつてバラを見入りました。あはれなかたつむりを、むごたらしくふみつぶしもせず、そしてこのうつくしいバラをも、すつかり保護してやつたことが、トゥロットにはとても/\とくいでした。



底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
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