つこめたりしてゐます。ちつとも、ゑんりよなんかしてゐやしません。トゥロットは、しばらく、じつと見つめたのちに、するどい声をたてゝミスをよびました。
「ミス、来てごらんなさい。」
 ミスは大きな鼻を上げ、ご本をかゝへて、四またぎでトゥロットのそばへ来ました。
「何です。」
 トゥロットは、おゝこはい/\といふやうに、ゆびさしました。
「かたつむりぢやありませんか。」
 それはわかつてゐます。トゥロットが見たつてかたつむりです。
「この軟体動物は植物に害を加へます。殺してもかまひません。」
 トゥロットは、けつこうなおゆるしをいたゞきました。しかし、こいつをつかまへるのはたまりません。とてもいやなことです。
「とつて下さいな、ミス。」
 ミスは、たちまち、けはしい目つきをしました。
「なぜわたしがそれをつかまへるのです。なぜあなたがつかまへないのです。それがバラを害する以上は、あなたがつかまへるつかまへないは、あなたの幸福にえいきようするのですよ。あなたの幸福を保護するのは、あなたでなければならないはずです。」
 トゥロットはためいきをつきました。ミスが一ど言ひ出したら、いくら口ごたへをしたつてだめです。で、トゥロットは手をのべかけて、ひゝい、といふやうにその手をひつこめました。しかししまひには、とう/\かたつむりのから[#「から」に傍点]の上にゆびをつけました。かたつむりは、びつくりして、すつかり家《うち》の中へひつこんでしまひました。もう何も出ては来ません。トゥロットは、ずつと息がらくになりました。しかし、けつきよく同じことでした。いくら何にも出ないからつて、じたい、こんな動物は、とてもすきではないからです。
 トゥロットは、つかみ上げはしたものゝ、さてどうしたらいゝかと、もじ/\しました。あゝ、いゝことがある。トゥロットは、それをそつと、へい[#「へい」に傍点]ごしにおとなりのお庭の中へなげこまうとおもつて、手をうしろへふり上げました。すると、ミスが、いきなりくびすぢをおさへつけて、こはい声で言ひました。
「トゥロット、ひとの不幸のなかにじぶんの幸《さいはひ》をもとめることは禁じられてゐます。この動物をおとなりへなげれば、おとなりの植物を食べます。そんなことをするのは不正です。」
「ぢやァ、どうすればいゝの?」
「おつぶしなさい、足で。」
 トゥロットは、こまつて
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