こゝまでお出でだつた。伴の人も連れずに――。
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口々に問うた。男たちは、咎める口とは別に、心はめい/\、貴い女性をいたはる氣持ちになつて居た。
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山ををがみに……。
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まことに唯|一詞《ヒトコト》。當《タウ》の姫すら思ひ設けなんだ詞《コトバ》が匂ふが如く出た。
貴族の家庭の語と、凡下《ボンゲ》の家々の語とは、すつかり變つて居た。だから言ひ方も、感じ方も、其うへ、語其ものさへ、郎女の語が、そつくり寺の所化|輩《ハイ》には、通じよう筈がなかつた。
でも、其でよかつたのである。其でなくて、語の内容が、其まゝ受けとられようものなら、南家の姫は、即座に氣のふれた女、と思はれてしまつたであらう。
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それで、御館《ミタチ》はどこぞな。
みたち……。
おうちは……。
おうち……。
おやかたは、と問ふのだよ――。
をゝ。家はとや。右京藤原南家……。
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俄然として、群集の上にざはめきが起つた。四五人だつたのが、あとから後から登つて來た僧たちも加つて、二十人以上にもなつて居た。其が、口々に喋り
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