めてあつた。
でも、ものに拘泥することを教へられて居ぬ姫は、何時の間にか、塔の初《シヨ》重の欄干に、自分のよりかゝつて居るのに、氣がついた。
さうして、しみ/″\と山に見入つて居る。まるで瞳が、吸ひこまれるやうに。山と自分とに繋《ツナガ》る深い交渉を、又くり返し思ひ初めてゐた。
郎女の家は、奈良東城、右京三條第七坊にある。祖父《オホヂ》武智麻呂《ムチマロ》のこゝで亡くなつて後、父が移り住んでからも、大分の年月になる。父は、男壯《ヲトコザカリ》には、横佩《ヨコハキ》の大將《ダイシヨウ》と謂はれる程、一ふりの大刀のさげ方にも、工夫を凝らさずには居られぬだて[#「だて」に傍点]者《モノ》であつた。なみ[#「なみ」に傍点]の人の竪にさげて佩く大刀を、横《ヨコタ》へて弔る佩き方を案出した人である。新しい奈良の都の住人は、まださうした官吏としての、華奢な服裝を趣向《コノ》むまでに到つて居なかつた頃、姫の若い父は、近代の時世裝に思ひを凝して居た。その家に覲《タヅ》ねて來る古い留學生や、新來《イマキ》の歸化僧などに尋ねることも、張文成などの新作の物語りの類を、問題にするやうなのとも、亦違うてゐた。

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