好が、其お方とは思はれぬ。
春秋の彼岸中日、入り方の光り輝く雲の上に、まざ/\と見たお姿。此|日本《ヤマト》の國の人とは思はれぬ。だが、自分のまだ知らぬこの國の男子《ヲノコヾ》たちには、あゝ言ふ方もあるのか知らぬ。金色《コンジキ》の鬣、金色の髮の豐かに垂れかゝる片肌は、白々と袒《ヌ》いで美しい肩。ふくよかなお顏は、鼻隆く、眉秀で、夢見るやうにまみ[#「まみ」に傍点]を伏せて、右手は乳の邊に擧げ、脇の下に垂れた左手は、ふくよかな掌を見せて、……あゝ雲の上に朱の唇、匂ひやかにほゝ笑まれると見た……その俤。
日のみ子さまの御側仕へのお人の中には、あの樣な人もおいでになるものだらうか。我が家《ヤ》の父や、兄人《セウト》たちも、世間の男たちとは、とりわけてお美しい、と女たちは噂するが、其すら似もつかぬ……。
尊い女性《ニシヨウ》は、下賤な人と、口をきかぬのが當時の世の掟である。何よりも、其語は、下ざまには通じぬもの、と考へられてゐた。それでも、此古物語りをする姥には、貴族の語もわかるであらう。郎女は、恥ぢながら問ひかけた。
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そこの人。ものを聞かう。此身の語が、聞きとれたら
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