に當つて居た。こんな處に道はない筈ぢやが、と今朝起きぬけに見ると、案の定《ヂヤウ》、赤岩の大崩崖《オホナギ》。ようべの音は、音ばかりで、ちつとも痕は殘つて居なかつた。
其で思ひ合せられるのは、此頃ちよく/\、子から丑の間に、里から見えるこのあたりの峰《ヲ》の上《ヘ》に、光り物がしたり、時ならぬ一時颪《イツトキオロシ》の凄い唸りが、聞えたりする。今までつひに[#「つひに」に傍点]聞かぬこと。里人は唯かう、恐れ謹しんで居る、とも言つた。
こんな話を殘して行つた里の娘たちも、苗代田の畔に、めい/\のかざしの躑躅花を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]して歸つた。其は晝のこと、田舍は田舍らしい閨の中に、今は寢ついたであらう。夜はひた更けに、更けて行く。
晝の恐れのなごりに、寢苦しがつて居た女たちも、おびえ疲れに寢入つてしまつた。頭上の崖で、寢鳥の鳴き聲がした。郎女は、まどろんだとも思はぬ目を、ふつと開いた。續いて今ひと響き、びし[#「びし」に傍点]としたのは、鳥などの、翼ぐるめ[#「ぐるめ」に傍点]ひき裂かれたらしい音である。だが其だけで、山は音どころか、生
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