戀人を思ふ心が、切々として來るのである。女たちは、かうした場合にも、平氣に近い感情で居られる長い暮しの習しに馴れて、何か、と爲事を考へてはして居る。女方の小屋は、男のとは別に、もつと廬に接して建てられて居た。
身狹乳母《ムサノチオモ》の思ひやりから、男たちの多くは、唯さへ小人數な奈良の御館《ミタチ》の番に行け、と言つて還され、長老《オトナ》一人の外は、唯|雜用《ザフヨウ》をする童と、奴隷《ヤツコ》位しか殘らなかつた。
乳母《オモ》や、若人たちも、薄々は帳臺の中で夜を久しく起きてゐる、郎女の樣子を感じ出して居た。でも、なぜさう夜深く溜め息ついたり、うなされたりするか、知る筈のない昔かたぎ[#「かたぎ」に傍点]の女たちである。
やはり、郎女の魂《タマ》があくがれ出て、心が空しくなつて居るもの、と單純に考へて居る。ある女は、魂ごひの爲に、山尋ねの咒術《オコナヒ》をして見たらどうだらう、と言つた。
乳母は一口に言ひ消した。姫樣、當麻に御安著なされた其夜、奈良の御館へ計はずに、私にした當麻眞人《タギマノマヒト》の家人たちの山尋ねが、わるい結果を呼んだのだ。當麻語部とか謂つた蠱物《マジモノ》使ひの
前へ
次へ
全160ページ中125ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
釈 迢空 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング