て、輪と輪との境の隈々《クマヾヽ》しい處までも見え出した。黒ずんだり、薄暗く見えたりした隈が、次第に凝り初めて、明るい光明の中に、胸・肩頭髮、はつきりと形を現《ゲン》じた。白々と袒《ヌ》いだ美しい肌。淨く伏せたまみ[#「まみ」に傍点]が、郎女の寢姿を見おろして居る。かの日《ヒ》の夕《ユフベ》、山の端《ハ》に見た俤びと――。乳のあたりと、膝元とにある手――その指《オヨビ》、白玉の指《オヨビ》。
姫は、起き直つた。天井の光りの輪が、元のまゝに、たゞ仄かに事もなく搖れて居た。

        十四

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貴人《ウマビト》はうま人どち、やつこは奴隷《ヤツコ》どち、と言ふからの――。
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何時見ても、大師《タイシ》は、微塵《ミヂン》曇りのない、圓《マド》かな相好《サウガウ》である。其に、ふるまひのおほどかなこと。若くから氏上《ウヂノカミ》で、數十|家《ケ》の一族や、日本國中數萬の氏人《ウヂビト》から立てられて來た家持《ヤカモチ》も、ぢつと對うてゐると、その靜かな威に、壓せられるやうな氣がして來る。
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言はしておくがよい。奴隷《ヤツコ》たちは、とやかくと口さがないのが、其爲事よ。此身とお身とは、おなじ貴人《ウマビト》ぢや。おのづから、話も合はうと言ふもの。此身が、段々なり上《ノボ》ると、うま人までがおのづとやつこ[#「やつこ」に傍点]心になり居つて、いや嫉むの、そねむの。
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家持は、此が多聞天か、と心に問ひかけて居た。だがどうも、さうは思はれぬ。同じかたどつて作るなら、とつい[#「つい」に傍点]聯想が逸れて行く。八年前、越中[#(ノ)]國から歸つた當座の、世の中の豐かな騷ぎが、思ひ出された。あれからすぐ、大佛|開眼《カイゲン》供養が行はれたのであつた。其時、近々と仰ぎ奉つた尊容、八十種好《ハチジフシユガウ》具足した、と謂はれる其相好が、誰やらに似てゐる、と感じた。其がその時は、どうしても思ひ浮ばずにしまつた。その時の印象が、今ぴつたり、的にあてはまつて來たのである。
かうして對ひあつて居る主人の顏なり、姿なりが、其まゝあの廬遮那《ルサナ》ほとけの俤だ、と言つて、誰が否まう。
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お身も、少し咄したら、えゝではないか。官位《カウブリ》はかうぶり。昔ながらの氏は氏――。なあ
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