角度にまでのけぞりて、その長き髪はかき乱され、その全身は右へ左へ、前へうしろへ、激しく揺られつつあるなり。その右の腕は高く挙げられたれど、わが眼にはその手先はなきように見えたり。左の腕はまったく見えざりき。わが記憶によれば、この時われはその身体の一部を認めたるのみにて、他の部分はさながら暈《ぼか》されたるように見えしと言うのほかなかりき。やがてその位置の移動によりて、すべての姿は再び我が眼に入れり。
かく言えばとて、それらはわずかに数秒時間の出来事に過ぎず。そのあいだにもモルガンはおのれよりも優《すぐ》れたる重量と力量とに圧倒されんとする、決死の力者《りきしゃ》のごとき姿勢を保ちつつありき。しかも、彼のほかには何物をも認めず、彼の姿もまた折りおりには定かならざることありき。彼の叫びと呪いの声は絶えず聞こえたれど、その声は人とも獣《けもの》とも分かぬ一種の兇暴|獰悪《ねいあく》の唸り声に圧せられんとしつつあるなり。
われは暫《しばら》くなんの思案もなかりしが、やがてわが銃をなげ捨てて、わが友の応援に馳《は》せむかいぬ。われはただ漠然と、彼はおそらく逆上せるか、あるいは痙攣《けいれん》を発せるならんと想像せるなり。しかもわが走り着く前に、彼は倒れて動かずなりぬ。すべての物音は鎮まりぬ。しかもこれらの出来事なくとも、われを恐れしむることありき。
われは今や再びかの不可解の運動を見たり。野生の燕麦は風なきに乱れ騒ぎて、眼にみえざる動揺の一線は俯伏《うつぶ》しに倒れている人を越えて、踏み荒らされたる現場より森のはずれへ、しずかに真っ直ぐにすすみゆくなり。それが森へと行き着くを見おくり果てて、さらにわが同伴者に眼を移せば――彼はすでに死せり。
三
検屍官はわが席を離れて、死人のそばに立った。彼は敷布《シーツ》のふちを把《と》って引きあげると、死人の全身はあらわれた。死体はすべて赤裸で、蝋燭のひかりのもとに粘土色に黄いろく見えた。しかも明らかに打撲傷による出血と認められる青黒い大きい汚点《しみ》が幾カ所も残っていた。胸とその周囲は棍棒で殴打されたように見られた。ほかに怖ろしい引っ掻き疵《きず》もあって、糸のごとく、または切れ屑のごとくに裂かれていた。
検屍官は更にテーブルのはしへ廻って、死体の頤《あご》から頭の上にかかっている絹のハンカチーフを取りはず
前へ
次へ
全10ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ビアス アンブローズ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング