は言いました。
 こうして二人が海岸の石原の上に立っていると、一|艘《そう》の舟がすぐ足もとに来て着きましたが、中には一人も乗り手がありませんでした。
 でおかあさまは子どもを連れてそれに乗りました。船はすぐ方向をかえて、そこをはなれてしまいました。
 墓場のそばを帆走って行く時、すべての鐘《かね》は鳴りましたが、それはすこしも悲しげにはひびきませんでした。
 船がだんだん遠ざかってフョールドに来てみますと、そこからは太洋の波が見えました。
 むすめはかくまで海がおだやかで青いのに大喜びをしましたが、よく見ると二人の帆走っているのは海原《うなばら》ではなくって美しくさきそろった矢車草《やぐるまそう》の花の中でした。むすめは手をのばしてそれを摘み取りました。
 花は起きたり臥《ふ》したりしてさざなみのように舷《げん》に音をたてました。しばらくすると二人はまた白い霧に包まれました上にほんとうの波の声さえ聞こえてきました。しかし霧の上では雲雀が高くさえずっていました。
「どうして雲雀は海の上なんぞで鳴くんでしょう」
 と子どもが聞きました。
「海があんまり緑ですから、雲雀は野原だと思っているんでしょう」
 とおかあさんは説き明かしました。
 とたちまち霧は消えてしまって、空は紺青《こんじょう》に澄《す》みわたって、その中を雲雀がかけていました。遠い遠い所に木のしげった島が見えます。白砂《しらすな》の上を人々が手を取り合って行きかいしております。祭壇《さいだん》から火の立ち登る柱廊下《ちゅうろうか》の上にそびえた黄金の円屋根《まるやね》に夕ぐれの光が反映《うつ》って、島の空高く薔薇色と藍緑色とのにじがかかっていました。
「あれはなんですか、ママ」
 おかあさんはなんと答えていいか知りませんでした。
「あれが鳩の歌った天国ですか、いったい天国とはなんでしょう、ママ」
「そこはね、みんながおたがいに友だちになって、悲しい事も争闘《あらそい》もしない所です」
「私はそこに行きたいなあ」
 と子どもが言いました。
「私もですよ」
 と憂《う》さ辛《つら》さに浮《う》き世《よ》をはかなんださびしいおかあさんも言いました。



底本:「一房の葡萄」角川文庫、角川書店
   1952(昭和27)年3月10日初版発行
   1967(昭和42)年5月30日39版発行
   1987(昭和
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