ネ年のいかない子供ばかりで、九つから十二くらいまで、それより上の者はなかった。みんな学校の帰りで、背に小さな背嚢《はいのう》を負った者や、革の鞄を肩にかけている者、短い上着を着、小さい外套を着ている者などがおり、またなかには、よく親に甘やかされた金持の子供がことに好んで誇りとする、胴に襞《ひだ》のはいった長靴をはいている者が交っていた。この一群は元気のいい調子でがやがや話し合っていた。何かの相談らしい。アリョーシャはモスクワ時代このかた、いかなるときでも、子供のそばを平気で通り過ぎることができなかった。もっとも、彼は三つくらいの子供が何よりも好きであったが、十か十一くらいの小学生も好きであった。
そこで、今もいろいろと心配ごとがあったが、急に子供たちの方へ曲がって行って、話の仲間にはいりたくなった。そばへ寄って、彼らのばら色をした元気のいい顔を眺めているうちに、ふと気がついてみると、一同の子供はてんでに石を一つずつ持っているのである。なかには二つ持っているものもあった。溝川の向こうには、こっちの群れからおよそ三十歩ばかり隔てた垣根のわきに、もう一人の子供が立っていた。やはり、鞄を肩にかけた小学生で、背の格好から見ると、まだ十になるかならずであった。青白い弱々しげな顔をして、黒い眼を光らせている。後は注意深く試験でもするように、六人の子供の群れを眺めていた。彼らは明らかに友だち同士で、今しがた、いっしょに学校から出て来たばかりであるが、平生からあまり仲がよくないのだということは、ちょっと見ただけでも察しがついた。アリョーシャは白っぽい髪の渦を巻いた血色のいい一人の子供に近づいて、黒の短い上着を着た姿を見回しながら話しかけた。
「僕が君たちと同じような鞄をかけてた時分、みんな左の肩にかけて歩いたものだよ。それは右の手ですぐに本が出せるからさ。ところが君は右の肩にかけてるが、それでは出すのにめんどうじゃないの?」
アリョーシャは別に前々から用意した技巧を弄《ろう》するまでもなく、いきなりこうした実際的な注意をもって会話を始めた。全く大人《おとな》がいきなり子供の――特に大ぜいの子供の信用を得るためには――これよりほかに話の始めようがないのである。まじめで実際的な話を始めること、そしてまるっきり対等の態度をとること、これが何より肝心なのである。アリョーシャにはこれが本能的にわかっていた。
「だって、こいつは左ききなんだよ」活発で丈夫らしい十一ばかりの別な男の子が、すぐにこう答えた。そのほかの五人の子供は、しげしげとアリョーシャを見つめた。
「こいつは石を投げるんでも左なんだよ」ともう一人の子が口を入れた。
ちょうどこのとき、一つの石が大ぜいのまん中へ飛んで来て、ちょっと左ききの子供にさわったが、そのまま飛び過ぎてしまった。しかし、その投げ方はなかなかじょうずで力がはいっていた。それは溝の向こうの子が投げたのである。
「スムーロフ、やっつけろ、くらわしてやれ!」と一同が叫んだ。
しかし、左ききのスムーロフは言われるまでもなく、すぐにまた復讐《ふくしゅう》をした。彼は溝の向こうにいる子供を目がけて石を放ったが、うまく当たらずに、石は地面を打っただけであった。溝の向こうの子供はすぐにまた一つ、こっちの群れを目がけて投げつけたが、今度はうまくアリョーシャに当たって、かなり強く彼の肩を打った。溝の向こうにいる子供のかくしは、用意の石ころでいっぱいであった。それは、三十歩あいだを隔てていても、外套のかくしがふくらんでいるので察しられた。
「あれは君を、君をわざと狙ったんだよ。だって君はカラマゾフじゃないの、カラマゾフじゃないの?」と子供らは笑いながら叫んだ、「さあみんな一時にやるんだぞ、やれ!」すると、六つの石が同時に群れの中から飛んで出た。そのなかの一つが向こうの子供の頭に当った。彼はばったり倒れたが、すぐにまた跳《は》ね起きて、死にものぐるいに応戦を始めた。両方から絶え間のない戦いが続けられた。見ると、こっちの子供らのかくしにも、用意の石がいっぱいにつめてあった。
「みんな何をするんだ! 恥ずかしくないのかえ! 六人で一人の者にかかっていったら、あの子を殺してしまうじゃないの!」アリョーシャは叫んだ。
彼はおどり出て、身をもって溝川の向こうの少年をかばおうとして、飛んで来る石に向かって突っ立った。三人の子供はちょっとのあいだ、投げるのを控えた。
「だって、あいつから先に始めたんだもの!」赤いシャツを着た少年が、腹を立てて、子供らしい声でどなった、「あいつは卑怯《ひきょう》なやつだ。さっきクラソトキンをナイフで切りつけて、血を出したんですよ。クラソトキンはいやだと言って、先生に言いつけなかったけれど、あんなやつ、ひどい目に合わしてやればいいんです……」
「でも、どういうわけなの? どうせ君たちのほうから先にからかったんだろう?」
「ああ、また君の背中へ当てやがった。あいつは君を知ってるんだよ」と、子供は叫んだ、「今あいつは僕たちでなくって、君を狙って投げてるんだよ。さあ、またみんなでやっつけろ、スムーロフ、やりそこなったらだめだぞ!」
こうしてまた石合戦が始まったが、今度は前よりいっそう猛悪になってきた。やがて一つの石が溝の向こうにいる子供の胸に当たった。彼はきゃっと悲鳴をあげると、泣きながら坂をのぼって、ミハイロフ通りをさして行った。すると、大ぜいの者は「やあい、こわくなって逃げ出しやがった。やあい、ばか野郎!」と喊声《かんせい》をあげた。
「あいつがどんなに卑怯なやつか、あんたはまだ知らないんですね、あいつは殺したって足りないやつです」と短い上着を着た少年が眼を光らせながら言った。仲間でいちばん年上の者らしかった。
「あれがいったいどんな子だって?」とアリョーシャは聞いた、「告げ口やだとでもいうの?」
子供たちはばかにしたように、互いに顔を見合わせていた。
「あなたもやっぱりあちらへ行くんでしょう、ミハイロフ通りへ?」と前の少年がことばをついだ、「そしたら、すぐあいつを追いかけて聞いて御覧なさい、……ほら、ちょっと、あいつまたじっと立って待ってますよ。あんたの方をじろじろ見てる」
「あんたの方を見てる、あんたの方を見てる!」と子供たちはすぐに引き取った。
「あのね、ひとつあいつにこう聞いて御覧、おまえはぼろぼろになった風呂場の糸瓜《へちま》が好きかって、ね、そう言って聞くんですよ」
すると一時にどっと笑った。アリョーシャは子供たちを、子供たちはアリョーシャをじっと見つめるのであった。
「いやだって言ったら、君はぶんなぐられるよ」とスムーロフが大きな声で警戒した。
「いや、僕はそんな糸瓜のことなんて聞きゃしないよ、だって、君たちはこの糸瓜でもって、あの子をからかってるのに相違ないんだもの。それよりは、どうして君たちがあの子をそんなに憎むのか、あの子に直接聞いてみるよ……」
「聞いて御覧、開いて御覧よ!」と子供たちはまた笑いだした。
アリョーシャは橋を渡って、垣根に沿うた坂道をのぼって、のけ者にされている子供の方へまっすぐに進んで行った。
「気をつけなよ」と子供たちは後ろから注意した。「あいつは君だって恐れやしないから、いきなりナイフを出して、不意打ちに君を切るかもしれんよ、あのクラソトキンのように……」
少年はじっとその場を動かないで、彼を待ち受けていた。ぴったりとそばへ寄ったとき、アリョーシャは自分の前に立っている少年が、まだ九つを越さない、背の低い弱々しい、痩せて青白い、細長い顔をした子供だということを見てとった。大きな黒い眼は恨めしそうに彼を見すえていた。子供は体に合わない無格好な、ひどく時代のついた外套を着ていた。あらわな手を両袖から突き出して、ズボンの左の膝には大きなつぎが当たっていた。右のほうの靴は、親指にあたる爪先に大きな穴があいて、その上からインキを塗ったあとが見える。ふくれあがった両方のかくしには石ころがいっぱいにつまっていた。アリョーシャは彼から二歩ばかり前に立って、いぶかしげにその顔を見守った。少年はアリョーシャの眼つきから推して、彼に自分をなぐる気がないことを知ったので、自分のほうでも力を抜いて先に口をきった。
「僕は一人きりだけど、相手は六人もいるんだ……僕は一人であいつらをみんな負かしてやる」
彼はいきなり眼を光らせながら言いだした。
「だけど、石が一つひどく君に当たったじゃない?」とアリョーシャが言った。
「僕だってスムーロフの頭へ当ててやったんだ!」と少年は叫んだ。
「僕、あっちで聞いて来たんだが、君は僕を知ってて、わざと僕を狙って投げたんだってね?」アリョーシャはこう聞いた。
子供は沈んだ眼つきをして彼をながめた。
「僕、君を知らないけれど、君は本当に僕を知ってるの?」とアリョーシャは質問をすすめた。
「うるさいよ!」だしぬけに子供は癇癪声《かんしゃくごえ》を張り上げて叫んだ。しかも、今もなおなにかしら待ち受けているかのように、その場を動こうともせずに、またもや恨めしげに眼を光らせた。
「じゃ、僕行こう」とアリョーシャは言った、「ただ、僕は君を知らないんだから、君をからかいもしないよ。あっちにいる子供たちは、しきりに君をからかってるって言ってたけれど、僕は君をからかう気なんか少しもないんだからね。じゃ、さよなら!」
「やあい、坊主のくせに絹の股引《ももひき》をはいてる!」少年は相も変わらず憎々しげな、いどむような眼つきで、アリョーシャを見送りながら叫んだが、今度こそ必ずアリョーシャが飛びかかってくるに相違ないと思ったらしく、ついでにちょっと応戦の身構えをした。しかし、アリョーシャはふり返って彼の方を見ただけで、そのまま向こうへ行きかかった。が、三歩とも踏み出さないうちに、少年の役げた石が彼の背中を強く打った。しかも、それは少年のポケットにある石の中で、最も大きなものであった。
「君はうしろからそんなことをするの? あっちにいた子供たちが、君はいつも不意打ちばかりすると言ったのは本当なんだね」とアリョーシャはふり返って、言った。が、少年は死にものぐるいになって、またしても石を投げつけた。しかも、今度は顔のまん中を狙ったのである。ところが、アリョーシャがうまく身をかわしたので、石は彼の肘《ひじ》に当たった。
「よく君は恥ずかしくないねえ! 君に僕が何をしたというんだろう?」と彼は叫んだ。
少年は今度こそもうアリョーシャが、きっと自分に飛びかかってくるに相違ないと思って、黙々と、いどむような風で、そればかりを待ち構えていた。が、彼が今度もかかってこないのを見ると、まるで小さな野獣のように、すっかり夢中になってしまって、いきなりおどり上がって、自分のほうからアリョーシャに飛びかかった。こちらが身をかわす暇もないうちに、両手で彼の左手を握りしめて、首をかがめたと思うと、いきなりぎゅっと中指にかみついて、しっかり食いついたまま、十秒間ほど放そうともしなかった。アリョーシャは精いっぱい自分の指をもぎとろうとしながら、痛みに耐えかねて叫び声をあげた。少年はついに、指を放して後ろへ飛びのくと、以前と同じ隔たりをおいて突っ立った。指は爪のすぐそばを深さ骨に達するほど歯を立てられて、血がたらたらと流れてきた。アリョーシャはハンカチを取り出して、傷のところをしっかりと巻きつけた。そのあいだ、ほとんどまる一分間ほどかかったが、少年はじっと立ったまま待ち受けていた。ついにアリョーシャはその方へおだやかな視線を向けた。
「さあ、これでいい」と彼は言った、「ね、御覧、ずいぶんひどくかんだじゃないか。でも、これで気がすんだろう、ね? さあ、今度こそ教えてもらおう、僕がいったい、何をしたというの?」
少年はきっとして彼の顔を見つめた。
「僕はまるで君を知らないし、会ったのも今がはじめてなのに」アリョーシャはやはり落ちついた調子でこう言った、「しかし、僕が来もしないってはずはないだろう。君がなんのわけ
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