うのは愛することじゃない。惚れるのは憎みながらでもできる。よく覚えとけよ! 今のところおれは話すのが愉快だ! まあ坐れよ、このテーブルの前にさ、おれはこうそばに坐って、横からおまえの顔を見ながら、何もかも話してしまうからさ、おまえは黙ってるんだぜ、おれが何もかも話しちゃうからな。だって、もういよいよ日限が来てしまったんだからなあ。だが、いいかい、おれは実際そうっと話さなきゃならん、と考えたんだよ。だってここには……どんな意外な聞き耳が立てられないとも限らないからなあ。さあ、すっかりわけを話すよ。以下次号ってやつをさ。いったいおれはどうして、こうおまえのことばかり考えて、この四、五日、いや現に今だって、おまえを待ち焦がれていたんだろう?(おれがここへ神輿《みこし》をすえてからもう五日目だよ)。この四、五日というもの! それはこうだ、おまえ一人っきりに何もかも話したかったんだ。なぜって、そうしなくっちゃならないからだよ。ぜひおまえが必要だからさ。なぜって、おれは明日にも雲の上から飛びおりるからさ、明日はいよいよおれの生涯がおしまいになって、そしてまた始まるのだからさ。おまえは山のてっぺんから穴の底へ落っこちるような気持を経験したことがあるかい、夢にでも見たことがあるかい? ところが、おれは今、夢ではなく、実際に落っこちてるんだよ。それでいてこわくもないのさ、だからおまえもこわがることはないよ。いや、こわいにはこわいけど、いい気持なんだ。いや、いい気持というより、有頂天なんだ……ええ畜生っ、どっちにしたって同じこった。強い心、弱い心、めめしい心――ええなんだってかまうもんか! ああ自然は賛美すべきかなだ。御覧よ。太陽の光りはどうだ、空は晴れわたり、木の葉はどれも青々として、すっかりまだ夏景色だ、いま午後の四時まえ、なんて静かだろう! おまえどこへ行くとこだい?」
「お父さんのとこへ。しかしその前にカテリーナ・イワーノヴナのとこへ行こうと思って」
「なに、あの女《ひと》のとこと親父のとこへだって! うふ! なんという符合だろう! 第一おれがおまえを呼んだのはなんのためだろう、おまえを待ち焦がれていたのはなんのためだろう、おれが心の襞《ひだ》の一つ一つ、いや、肋骨《ろっこつ》の一枚一枚で、おまえの来るのを待ちあぐねていたのはなんのためだろう? それはほかでもない、おれの代わりにおまえをその親爺のところへやって、それからあの女の、つまりカテリーナ・イワーノヴナのところへ行ってもらって、それでもって親爺のほうも、あの女のほうもすっかりけりをつけようと思ってだよ、天使を使いにやろうってわけさ。おれは誰だって使いにやれたのだけれど、どうしても天使に行ってもらわなきゃならなかったんだ。だのに、おまえは自分からあの女と親爺のとこへ行くところだなんて」
「兄さんはほんとに僕を使いにやりたかったの?」こう痛ましげな表情を面に浮かべながら、アリョーシャが口走った。
「待て待て、おまえはそれを知ってたんだな。それに、おまえがすぐに何もかものみこんでしまったことは、ちゃんとわかるよ。しかし、黙っててくれ、しばらく黙っててくれ、悲しんでくれるな。泣くんじゃない!」
 ドミトリイ・フョードロヴィッチは立ち上がると、考えこみながら指を額にあてがった。
「あの女のほうからおまえを呼んだんだろ、あの女がおまえに手紙をよこすか、どうかしたんで、それで出かけるところだったんだろ? でなきゃおまえが出かけるわけがないからなあ」
「これが手紙ですよ」アリョーシャはポケットから手紙を取り出した。ミーチャは手早くそれに目を通した。
「それにおまえが裏道を通って行こうなんて! おお神々様! 弟に裏道を通らせてくださって、まるでお伽噺《とぎばなし》にあるばかな漁師に黄金《きん》の魚が手にはいったように、わたくしと出会わしてくだすったことをほんとに感謝いたします。さあ、聞いてくれ、アリョーシャ、聞いてくれ、弟。今こそおれは何もかも言ってしまうつもりなんだよ。どうせ誰かには話さなきゃならないんだからなあ。天上界の天使にはもう話したが、地上の天使にも話さなきゃならない。おまえは地上の天使なんだよ。よく聞いて、判断して、そして許してくれ……。おれは誰か一段上の人に許してもらわなきゃならないんだ。いいかい。もしある二人の人間があらゆる地上のきずなを断ち切って、どこかまるで稀有《けう》な世界へ飛びこんで行くとする。否少なくともその中の一人が、飛んで行って滅びてしまうに先だって、もう一人のところへやって来て、これこれのことをしてくれと、臨終の床の中ででもない限り、他人に持ちかけることのできないようなことを頼んだとしたら、その男はそれを諾《き》いてやるだろうかどうだろう?……もしそれが親友か兄弟であ
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