《ね》ちやつたの。
そなたの寝息は
桐の花のやうに、
やるせないこころをそそのかし、
捉《とら》へかぬる微《かす》かな光。
ほんとに睡《ね》ちやつたの。
そなたのけふ入れた緋鮒《ひぶな》か、
それとも陶器《やきもの》の金魚かしら、
なにかしら寂《さみ》しい力《ちから》の
薄い硝子に触《さは》るやうな……
ほんとに睡《ね》ちやつたの。
そなたの知つてる男は
みんな薄情ものだ。
さうしてそなたが眠《ね》むつてから
何時でもこんな風にささやく、
ほんとに睡《ね》ちやつたの。[#地から3字上げ]四十三年七月
心中
あはれなる心中のうはさより
わが霊《たま》は泣き濡れてかへりゆく、
花つけしアカシヤの並木のかげを、
嫋《なよ》やかなる七月のおとづれのごとく。
やすらかに平準《な》らされしこころは
あるものの抑圧《おさへ》のかげにありて、
つねにかかる微顫《ふるへ》をこそのぞみたれ。
いみじく幽かなるその Lied《リイド》 よ。
附《つ》きやすき花粉《くわふん》のしめりのごとく、
そはまた※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》の汗のごとくに顫《ふる》へやすし。
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